往時のヴェルサイユ「花の宮殿」に想いを馳せて

ヴェルサイユ宮殿フランス式庭園については関心があり、かつてだいぶ調べたこともあったけれど、実はまだこの目で見たことはない。宮殿の豪壮さについては自分の感受性を超える部分もあるのではと身構えてしまうところもあるが、庭園は自然の要素を人為的に扱いつつ、それぞれの時代、それぞれの国の文化の特質を反映させて成り立っているさまがとりわけ興味深く思われる。もちろん、花が美しく咲く庭はその規模にかかわらずどれも風趣があるという気持ちも心の奥底では働いてはいるだろう。折しも7月20、21日付『ル・モンド』紙は、大トリアノンを舞台に開催されている、いにしえの日に存在した花の庭に関する展示会を紹介している(Versailles recrée son ≪palais de flore≫. Le Monde, 2013.7.20-21, p.10.)。
主宮殿から北西方向、歩いて30分ぐらいのところにある離宮、大トリアノン宮殿。現在ある建物は1687年にマンサールの設計によって改築されたものだが、彼は落成後この宮殿について、「バラ色の大理石と斑岩でできた小さな宮殿と快適な庭園」と表現したというから、自らの仕事に満足していたのだろう。そしてマンサールの言にあるように、花いっぱいの庭園は当初から宮殿の重要な構成要素であり、別称が「花の宮殿」とされたほどだった。ルイ14世は愉楽と慰安の場所としてこの離宮に特に執心し、色鮮やかで香りも麗しい花々で花壇を満たしておくためには金に糸目をつけなかったと言われる。今展覧会の企画委員の一人で庭園史家のガブリエラ・ラミー氏によれば、常に開いたばかりの花を愛でることができるよう、花壇は最大で1日2回の入替えが要請され、庭職人たちは手押し車で始終うろうろしている始末だったという。財務総監であったコルベールは巨額の庭園費を常に嘆いていたが、彼が実際に断行することができたのはせいぜい、それまで輸入に頼っていた品種の一部をフランスでも栽培させるといった程度のことらしい。
ヴェルサイユ宮殿の庭園を設計し、フランス式庭園の様式を完成させたとされる造園家、アンドレ・ル・ノートルの生誕400周年行事の一環として開催されているこの展示会は、大きく3つの要素から構成されている。まず人目を引くのが17世紀当時におけるトリアノンの庭園の復活。もちろん植生などが大きく変化している中で完全な再現とはいかないものの、関係者は徹底して庭園に存在した花のリストを精査し、原型に近付くよう最大の努力を払い、さらに25人の庭師チームが毎日完璧な状態を保つための作業を続けている。一方、宮殿の中では、主宮殿にある美術館から借りて来た当時の花のデッサンを見ることができる。庭の花々を精力的に描き続け、現代の視点からは往時の庭園の証人とも言えるジャン・コトゥル氏の数多くの作品群、さらに静物、花を携えた女性たちといったモティーフの絵画は、庭と対比して鑑賞すればさらに魅力的だ。
そしてもう1つ非常に興味深いのは、国立自然史博物館が所蔵する犢皮紙(とくひし、動物の皮で作られた紙)を用いた絵画の展示である。元々王室コレクションの一隅を成していたこれらの絵画には、当時の多くの植物が描かれている。犢皮紙は非常に脆く、特に光のダメージに弱い(このため作品は月毎に入れ替えられることになっている)ので、こうしたまとまった展覧の機会は珍しいことと思われる。
本展覧会は9月29日までの開催。夏の日射しの下で(多少とも暑く感じることが多いかもしれないけれど)、花々や絵画を楽しみ、往時に想いを馳せるのはきっと楽しい機会になるのではないだろうか。