高炉閉鎖がワロン地域経済に与える影響は深く

金融危機の深化が実体経済にも深刻なダメージを与え始めているヨーロッパ。11月21日付の『日本経済新聞』は、「欧州企業が債務危機の影響に備え、拡大戦略の見直しや不採算事業からの撤退を加速している」として、いくつかの大手企業の事例を示しているが、鉄鋼業で世界最大手に位置するアルセロール・ミタルについては、「危機が消費者心理に影響し始めたようだ。高騰していた資源価格も弱含みに転じた」というインド人のラクシュミ・ミタル最高経営責任者(CEO)の談話を引きつつ、来年末までに10億ドルのコストを削減する緊急措置の一環として、ベルギーのリエージュにある高炉など生産設備の閉鎖の動きを報じている。しかし、当のリエージュにとって鉄鋼は伝統的な基幹産業であり、高炉の閉鎖は地域経済に決定的な影響をもたらすことが避けられない。10月27日付『ル・ソワール』紙は、同地域で行われた大規模な反対デモの様子を詳しく伝えている(Tout Liège derrière ≪son≫ acier. Le Soir, 2011.10.27, p.23.)。
リエージュの西隣りに位置し、これまでアルセロール・ミタルの鉄鋼生産拠点の一翼をなしてきたセレン市。同地に鉄鋼業を築いた19世紀のイギリス人実業家、ジョン・コッケリル氏の銅像が立つ市役所前広場に、26日、主催者発表で8千人が集合した。キリスト教労働組合総連合(CSC)とベルギー労働総同盟(FGTB)が主に呼び掛け、リエージュ周辺のミタル従業員が一堂に会した他、これを応援する一般市民も数多く駆けつけたと言われる。さらにブリュッセルナミュール、フランドル地域圏といった国内他地域やフランスからも、ミタルの労働者を応援する人々が集結した。
この集会で、CSCリエージュ支部のピエール・ルピンヌ支部長は、「ムッシュー・ミタル、あなたには心がないのですか。敬意というものは、株式市場で売り買いされるものではあり得ないのですよ」と厳しく指摘。FGTBに加盟するワロン・ブリュッセル鉄鋼労働者連合のフランシス・ゴメ支部長は、「アルセロール・ミタルはもはや公の害毒です。ラクシュミ・ミタル銭金のことばかり考え、(鉄鋼の)価格支配者になることしか目指していません」とより辛辣に非難の言葉をぶつける。水面下で検討されていると言われる業容転換に対しても、労働者たちは「失敗であり、責任放棄でしかない」と全く容赦がない。
一方、発言者は政治の責任についても言及。ゴメ支部長は「銀行救済に40億ユーロ支払うのなら、この工場を国有化して操業再開するための金だってあるはずだ」と主張する。もっとも、現場に立ち会っていたクリスティーヌ・ドゥフレーニュ連邦元老院(上院)議員は、「国有化というのは、技術的にまた法的にちょっと難しいです」と、当然のことながらネガティブな反応を示す。「政治的な論議にすることなく、地域としての解決策を見出すべきでしょう」というのは国政レベルの政治家として率直な思いだろう。しかし、地域を支える一大工業である鉄鋼業の危機に対し、地域内で何らかの対処策が見つかるものかどうか。
集会はデモなどに発展することなく、数時間後、平穏のうちに終了した。こうした様子について、ミタル氏が何者かに誘拐されるというストーリーのサスペンス小説『350億ユーロの財産を持つ男』を出版したニコラ・アンシオン氏はやや懐疑的だ。『ル・ソワール』紙のインタビューに答え、「この地では、人々はまだ消費生活が成り立っているから落ち着いていられるのです」と述べて、学生が家賃すら払えなくなっているフランスと比べまだゆとりがあるのではという見解を示す。しかし事の成り行き次第では、また地域経済の動向によっては、ベルギーでもより深刻な事態が想定されないとも限らない。
創業者であるコッケリル氏の名を冠して長く操業を続けてきた鉄工場は、2002年、ルクセンブルクに拠点を置く国際企業アルセロールに買収され、さらに2006年からはミタル氏の支配下に入った。石炭と鉄鋼が長いこと地場経済を形作ってきたと言えるワロン地域が、いまや経済・産業の国際化の波にもろに洗われ、急激な変化を余儀なくされている。今、金融危機のつけを押しつけられようとしているこの地域が、非難の声や悲鳴を上げるのは当然だが、世界大の経済動向に左右されている以上、容易な解決法はとうてい見出されそうもない。