今年のワイン生産見通しは?

夏の休暇が終わる頃になると、いよいよワイン造りに向けたぶどう栽培もラストスパートに入る。場所によってはさっそく収穫というタイミングになることもあって、今年の出来があちこちで取り沙汰されるようになる。9月1日付の『ル・パリジャン』紙は、南部地方の収穫状況に触れつつ、フランス全土のぶどう生産高の予測について検討している(Des vendanges prometteuses malgré tout. Le Parisien, 2013.9.1, p.8.)。
記者が今回取材したのは、ラングドック−ルーション地域圏、ペルピニャン市から北北西に約10キロのエスピラ−ドゥ−アグリー村にあるドメーヌ・ジョリー−フェリオル。すでに栽培主であるジャン−リュック・ショサール氏は、妻と一緒に収穫作業にいそしんでいる。今年は去年より2週間後ろ倒しという進行状況で、特に春期、雨模様が長く続いた際には開花が3週間遅れるなど大いに心配されたが、その後7月、8月に乾燥した気候が続いたことにより、1週間ほど持ち直して現在に至ったそうだ。この土地は周辺の畑と比べても、圧倒的に優れた日照環境や土の質などから、例年一番早く収穫が可能になるのだとのこと。「栽培状況は(病気などに罹ることがなく)すこぶる良好です。また果実の濃縮具合も実に優れています」とショサール氏は評価する。今年この畑からできるワインは、昨年を少し上回り、約2万本と予想されている。
ただ、唯一恵まれなかったのがグルナッシュ種で、ちょうど開花した時期の悪天候のため、3分の2が落花してしまった。結果としてグルナッシュの生産高は全体としても大幅減少することとなり、この品種を利用するワイン銘柄の醸造にも大きな影響を及ぼすことになるだろう。もっとも、このドメーヌから産出されるぶどうからのワイン造りを引き受けているフォンカリューぶどう協同組合(1200名の生産者が参加)のミシェル・バタイユ会長は、「シャルドネ種の栽培がうまくいっているのは良い感じです。というのも、この品種については国際市場でとりわけ需要が高まっているからです」と、トータルで見て現状はまずまずとの感触を抱いているようだ。
フランス全土の状況はというと、今年のワイン生産高は4350万ヘクトリットル(1ヘクトリットルは100リットル)と予測されていて、これは昨年の4140万ヘクトリットルを上回る数字となっているものの、最近5年間の平均よりは少ない。農産物振興に関する農林水産省の関連団体、フランス・アグリメールのワイン担当参事、ジェローム・デペイ氏によれば、8月1日時点では4580万ヘクトリットルと予測していたのだが、その後ロワール河流域、ブルゴーニュボジョレー、ボルドーの一部などで、雷雨による被害が広範囲に発生したため、産出量は減少する見通しとのこと。ただ、べと病の被害などはほとんどなく、収穫予定のぶどうの栽培状態はすこぶる良好という。そして、昨年産のワインが少なかったため、流通市場は総じて品薄状態にあり、今年はその分、価格が若干上昇する可能性があるともみられている。まだこれから秋の気候にも多少の不安要素はあるけれど(場所によって収穫は10月後半になる)、気温、湿度、天候などに大きく左右されるワイン生産にあって、今年のフランスは悪くない成果を収めそうということならば、いずれ輸入されたそれらのボトルを手に取ることもあるのではないだろうか。

外国旅行者の重病罹患に対する取り組み

海外旅行から帰って来ると、検疫所の前で「発熱等の症状のある方はお申し出ください」といった標示を見かける。幸いにもこれまでこの施設のお世話になったことはないが、慣れない旅先から妙な病気を持ち込んでしまったら、自分が困るだけでなく社会的にも多大な迷惑をかけてしまうだろう。8月25日付のフランス『ジュルナル・デュ・ディマンシュ』紙は、バカンス終了の時期ということで、旅行者が罹る疾患の扱いに力を入れているパリ市内の病院の取り組みについて伝えている(Retour de vacance… à l’hôpital. Le Journal du Dimanche, 2013.8.25, p.10.)。
パリ12区、リヨン駅の近くにあるサン・タントワーヌ病院は、感染症や熱帯病を扱う専門部署を有し、外国でこれらの病気に罹った患者を積極的に引き受けている。アフリカ諸国との行き来が多いフランスだけあって、代表的な病名としては、マラリアデング熱、黄熱などが挙げられる。近年は、旅行者が増加傾向にあるにもかかわらず、これらの病気に罹患する者はやや減少しているといわれ、マラリアの場合、平均して1日当たり1人程度という状況だそうだ。それでも9月初めには、潜伏期間の後に発症した患者たちで36ある病床は満員になってしまい、「余力がなくて新規の患者をお引き受けできないのは毎年のことです」と、担当医のマリ−カロリーヌ・メヨハス教授は繁忙期の様子を表現している。
現在特に注目され、警戒されているのがMERSコロナウィルスだ。特にこの秋口は、フランスから大量の巡礼者がメッカを訪れる時期にあたっており、中東で多くの感染者がみられるこのウィルスに対しては気を抜くことができない。「あらゆる病院ではMERSコロナウィルスへの対処に関するマニュアルを準備しています。もし明日、コロナウィルス感染が疑われる患者が何処かの病院に現れた場合、数時間後には感染の有無が確認され、さらに24時間以内には世界中に感染の事実が通報される仕組みが整っています」と、メヨハス教授は体制を説明する。
また、サン・タントワーヌ病院のもう一つの重点領域としては、これから外国旅行に出かける人たちに対する問診や処置、情報提供などがある。この分野の専任であるナディア・ヴァラン博士は、「世界的に見て、旅行者は外国で直面する健康関係のリスクを過小評価したままで旅立ってしまう傾向にあります」と感想を述べる。いわゆる旅行慣れしたバックパッカーなどは、旅行先の衛生状態について段々と注意深くなってきている(例えば、アフリカに向かう前には必ず予防接種を受けるなど)が、一方でアルゼンチンやインドネシアに出かける旅行客は、だいたいこの種の分野に注意を払わない。取材した日にヴァラン氏が問診していたカップルはインドネシアでの新婚旅行にもうすぐ出発というところだったが、「予防接種が必要」というご託宣に大いに驚いた様子だった。旅行者担当医は、外来患者がどの国に出かけ、どこに滞在するのか(国名だけでは不十分で、訪問地域の詳しい情報が必須)を正確に把握し、それに沿った診断を下す必要があるため、詳しい世界地図帳を常に手元に置いておかねばならないそうだ。
若者が主たる客層だった時代とは異なり、最近はシニアの患者も多くなっているこの病院の旅行者外来。彼らは若者とは基本的な健康面の条件がちがうので、留意すべき点も増えてくる傾向がある。ヴァラン博士は、「出発前にこの外来にかかっておけば、帰国後また来なければならなくなることはめったにありません」と、事前の受診を勧めている。確かに、外国の衛生事情の詳細など、必ずしも正確な情報の持ち合わせはないのが当たり前だろう。もちろんかかってしまった感染症などの面倒も見てもらえるが、「備えあれば憂いなし」というのがまず念頭に置くべき標語と言えそうだ。

「ダブルワーク」をどう見るべきか

現代日本における労働をめぐる情勢から考えると、二つ以上の仕事を掛け持ちするという状態は、「充分な収入を得るためにそれが必要だ」という見地から主に考えられることになるだろう。その意味では現時点での仕事掛け持ち、すなわち「ダブルワーク」という概念が持つイメージはあまり良いものにはなりそうもないが、他の国、たとえばベルギーにおいては果たして、どのような語感でとらえられるだろう?8月16日付『ル・ソワール』紙は、「ダブルワーク」をめぐる状況とその評価について、立場の異なる2人の識者の見解を掲載している(Aurons-nous tous besoin d’un second job pour vivre? Le Soir, 2013.8.16, p.10.)。
連邦経済省の調べによれば、現在2つ以上の仕事を兼ねてやっているベルギー人は合計19万人。労働者人口に占める割合はわずか4.2%に過ぎないが、近年一定して増加傾向にあり、最近5年間でその数は13%も増えている。こうした状況について、ベルギー雇用者・技術者労働組合(SETCa)のミリアム・デルメー副委員長は極めて否定的だ。彼女の見立てでは、パートタイムや非正規雇用の圧倒的な増加、それに必然的に伴う個々の契約に対する報酬の低下が、多くの労働者をやむなく2つ以上の仕事をこなす状況に追いやっている。掛け持ちは人々が好んでやっているのではなく、単にそれが必要な収入を得るために必要だからだ。一方でパートタイマー等は雇用者にとって、労働力の柔軟性を確保する上で極めて重要な役割を担っている。これらの動きが相伴う形で、結果的に労働の規制緩和が野放図に進むのではないかとデルメー氏は強い懸念を示している。
ただ、一方で調査によれば、ダブルワークをしているベルギー人は相対的に高学歴の者が多く、暮らしのためやむを得ず兼業しているというイメージとの食い違いも見え隠れする。この点にとりわけ着目するのが、ブリュッセル商工業連合(BECI)会長で、インターン斡旋企業ダウストの社主でもあるジャン−クロード・ダウスト氏。彼は、ダブルワークが生活の必要上なされている選択である以上に、むしろ就業者の好みに基づく選択の問題であるとの見方をとる。そして、インターンシップ制度により働いている学生の半分が同じ会社での正規雇用をオファーされるにもかかわらず、敢えてそうした「安定した雇用」を求めようとしないケースが少なくないことも挙げて、働き手の主観のレベルで流動化が起きており、それが一つには「ダブルワーク」という形で現れていると指摘するのである。
もっともダウスト氏から見ても、ある種のダブルワークが(たとえ主体的になされているとしても)労働者の疲労を蓄積させたり、職場の安全の面で課題を生じさせる点は少なからず問題として映るようだ。国が最大就業時間規制を厳しく規定しても、個々の労働者が勝手に長時間労働してしまうのを止めることはできない。そして、政労使協議の場でも労働時間に関する柔軟化の動きが次第に進み、好まざるダブルワークに従事する労働者に対する歯止めが効かなくなってきている(とりわけ景況の安定しない現代ヨーロッパにおいては)ことを考えれば、こうした現象にまずもって警戒的に接するべきという点は、ある程度自明といってよいのではないだろうか。

騒動を引き起こした「卵の生産過剰」

日本では「物価の優等生」などと呼ばれ、生産・消費共に比較的安定していると見られる卵だが、フランスでは最近かなりの混乱状態が生じているようだ。生卵を大量に廃棄して(壊して)デモンストレーションする農民たちがテレビでも話題となっている。8月14日付の『ル・モンド』紙は、この問題の底にある悩ましい事情について解説している(Les petits producteurs d’œufs accusent la grande distribution de les asphyxier. Le Monde, 2013.8.14, p.9.)
フランス全土の生産高(年間約130億個で欧州第1位)の48%を占めるほど鶏卵の生産が盛んなブルターニュ地方、コート−ダルモール県サンブリユー市やフィニステール県モルレー町の街中で、30名ほどの農民たちが数万個の卵をぶちまけ、自らの窮状について抗議した騒動は、そのイメージの過激さから一般にも相当知られるところとなった。「単に食品をムダにしているだけだ」、「慈善団体に寄付すれば良かったのに」といった批判も少なくなかったけれど、政府による卵の価格の下支えを求めた農民たちの思いは極めて切実なものであったようだ。
活動を展開する一人は、現在卵100個当たり4.30ユーロでの売り渡しを余儀なくされており、これは原価を2.70ユーロも下回っていると述べている。また他の農民は、「明日にも夜逃げしなくてはならない農家が出かねない状態だ」と憤りを露わにする。フランス家禽総同盟会長のクリスティアン・マリノフ氏は、フランス全体でみると5%ないし6%の生産過剰となっており、そのことが価格の低落につながっているのではないかと分析している。
これらの農家にとりわけ大きな影響を与えているのが、近年彼らが対応を余儀なくされた、新しいEU基準に適合させるための飼育舎拡大を目的とする設備投資。これに相当な資金をつぎ込んだにもかかわらず、スペインやイタリアでは同様の対応が充分になされておらず、その分フランスの卵は価格競争力を失った部分がある(と彼らは主張している)。支出は増え、一方で生産物の相場が低落するのでは踏んだり蹴ったりというわけであろう。
激しく、「生臭い」抗議活動の成果があってか、8月13日にはステファヌ・ル・フォル農相が現地に駆け付け、ブルターニュ地域圏地方長官であるパトリック・ストルゾダ氏も交え、農民との直接対話が行われた。しかし実際のところ、政府としても取ることのできるこれといった対策があるわけではない。何よりもまず、消費者レベルでは生産者と逆に、卵の値段が上がっているという事実がある。2012年2月の統計によれば、卵の消費者価格は前年同月比で2.33倍の値上がりを記録しているのだ。農民は盛んに緊急の財政的支援を政府に訴えるのだが、EUの規定により鶏卵農家に対する資金援助等はできないことになっている。ル・フォル農相が実際に行えたことと言えば、ラジオ番組に出演し、スーパーなどの大規模小売店に対して、卵の生産者価格を下げる圧力をかけないよう呼び掛ける程度にとどまっており、それとてもどの程度の効果が上がるのかは定かでない。
フランス国内の経済的な地域間格差という点において、明らかな劣位にあるブルターニュで起こった今回の出来事だが、事態の打開に向けこれといって打つ手は見当たらず、農産物価格が決まっていく複雑なメカニズムの谷間で関係者が皆立ちすくんでいる様子はいかにも厳しい。

WTO事務局長の「今日もジョギング日和」

フランスなどの新聞各紙に見られる夏の連載記事は、言うまでもなく事前に書きためておいてヴァカンスを取得する記者たちに配慮するための便法だが、読み手側も往々にして休暇中であることを考えれば、連載ならなんでもよいというわけでなく、のんびり読んで面白い内容になるような企画を用意しなければならない。その点でスイスの『ル・タン』紙が今年掲載している「走る人々(ジョギング、マラソンなど)」をめぐる特集はなかなか興味深いものになりそうだ。第1回の8月5日付紙面には、世界貿易機関WTO)事務局長であるパスカル・ラミー氏が登場し、彼にとっての「走る楽しみ」を大いに披露している(≪En courant, l’imagination est plus libre≫. Le Temps, 2013.8.5, p.10.)。
現在66歳のラミー氏は、普段は近所、コワントラン国際空港にも近いプティ・サコネックス地区にあるトランブレー公園辺りを軽く走り、週末はより本格的に、少し北方に行ったヴェルソワの森で自然を満喫している。WTO事務局長と言えば国際出張が極めて多い仕事(年間移動距離が45万キロにも及ぶ)だが、彼は出張の時もランニングシューズを荷物に入れるのを忘れず、基本的には毎朝必ずジョギングをしていると語る。公害や交通事情の悪さから走ることができない都市がある(メキシコシティ、デリー、北京、サンパウロジャカルタなど)のは残念だけれど、タージマハールやアンコールワットの周りを走った体験はいつまでも忘れ難いものとなっている。
取材の日の早朝、ヴェルソワの森の入口に現れたラミー氏は、その後1時間ほどかけて池を巡る約7キロのコースを走破した。ジョギングにかける時間は、その日のスケジュールによって40分程度から2時間まで様々ではあるものの、毎回必ず最後に行うのが15分間のストレッチ運動。「以前テニスをしていた時、ケガしてしまったことがあったのですが、今はストレッチをきちんとするので大事に至るようなことはありません」と満足げに説明してくれる。
彼がランニングに出会ったのは、高等商業学校(HEC)での学生時代に遡る。当時、パリ政治学院との対抗競争戦が行われていて、それに参加したのが始まりだった。その後しばらくのブランクがあったが、ピエール・モーロワ首相の官房次長に抜擢されていた1984年頃に、ストレス解消法の一環として再開。それ以来この習慣を手放したことは全くないと、毎朝10キロ走るのを日課にしている村上春樹を引き合いに出しつつ話す。走ることで頭が空っぽになり、想像力が開かれていくような感じがするのが、他では得ることのできない魅力なのだそうだ。もっとも、今から日々のスポーツを自由に選択するとすれば、心肺機能の増進に同じくらい効果があり、それでいて体にかける負担が少ないサイクリングを選ぶかもしれないと率直な告白もしている。
さらに、単なるジョギングでは徐々に飽き足らなくなって、マラソンやロードレースにもしばしば出場するようになった。マラソンだけでも10回以上の参加歴があり、自己記録はブリュッセルで出した3時間40分というのだからかなりのものだ。とりわけニューヨークマラソンの思い出は圧倒的で、街中を走り抜けていくときの爽快さ、沿道で応援してくれる観衆のエネルギーにとりわけ感銘を受けたという。
2005年9月からWTO事務局長として務めてきたラミー氏は、8月末で2期目の終わりを迎える。退任後は生まれ故郷であるノルマンディとパリを行き来しながら活動することになりそうだが、とにかくまずチャレンジしたいと思っているのも、11月のニューヨークマラソンだそうだ。本人にとって4年ぶりのマラソンということで、期待もひとしおといったところだろうか。今後は職業面でこれまでより自由な立場から活動しながら、ますます「走る人生」にも力が入っていくのだろう。ランニングという切り口から個人史を浮き彫りにする、なかなかに印象深い記事であった。

首都で新ビール醸造にチャレンジ

九州よりやや小さいぐらいの国内に100か所以上の醸造所があり、味も種類も豊富なことで有名なベルギービール。それでもさすがにブリュッセルで現在ビール製造を行っているのは、カンティヨンとセンヌという2業者しかない。ところが最近になって、首都3番目のビールを新たに造ろうという若手が現れたというから、これはなかなか興味深い話だ。7月26日付の『ル・ソワール』紙は、ユニークな着想に溢れた20代の「素人」2人によるチャレンジの現在について伝えている(Une bière bruxelloise lancée par des autodidactes. Le Soir, 2013.7.26, p.21.)。
元は経営企画エンジニアだったオリヴィエ・ドゥ・ブラウヴェレとセバスティアン・モルヴァンがビール造りを始めたのは、本当にゼロからの出発だった。図書や独習教材、さらにはユーチューブのビデオなどを手本に、まずはホップとスパイスの配合法について研究をしてみたというのだから驚いてしまう。しかし、モルヴァン氏がムーリス研究所で醸造化学を本格的に学び始めてからは、思いつきが急速に実現への道を辿り始めた。彼らにとっては、若さゆえの勇気や野心が何よりの原動力となっていた。
「ビア・プロジェクト」と名付けられた企画は、この6月には試作ビールの品評会実施にまでこぎつける。有機製法を謳い、瓶詰めされた4種のビール、アルファ(琥珀色)、ベータ(濃い琥珀色)、ガンマ(ルビー・ダーク)、デルタ(苦めの淡色)を何百人かが飲み、一番おいしいと思ったものに投票した。結果は42%の票を獲得したデルタビールの圧勝だったのだが、これはもっぱらアルファを支持したビール醸造の専門家たちの見解とは根本的に異なっていたという。ドゥ・ブラウヴェレ氏は「一般の人が(玄人の見立てとは違って)苦みのあるしっかりしたビールを好むことがわかったのが面白かったです」と愉快そうにコメントしている。
このプロジェクト、一見思いつきの域を出ないようではあるが、実は背景にいろいろな思いが込められている。「クラフト・ルネサンス」という考え方をベースに、街中や地域のつながりを大事にしてものづくりを進めたいという希望が、ブリュッセルという場を選んでビール醸造を展開することにつながった。さらに資金の捻出に関しても、ネットを駆使した「クラウドファンディング」を活用するなどの工夫をしている。このあたりはさすが、若者らしいフットワークの軽さを感じさせる。
今のところ醸造所はブリュッセル市内にはなく、東に50キロほど向かったハレン町の工場を間借りしてデルタビールを細々と作らせてもらっている(そして首都にあるいくつかのカフェで飲める)状態だが、次の大きな目標は、自前のブルワリーを市内のできれば運河地区あたりに持つことと設定されている。そのためには100万ユーロもの大金が必要で、自己資金や銀行融資に頼りつつも、15万ユーロほどはクラウドファンディングで確保したいとのこと。こうした資金調達は決して生易しいものではないだろうけれど、いつの日か地元の味、首都の名物ビールになることでプロジェクトが一定の地位を成すまでは、夢が終わることはないのではないか。

往時のヴェルサイユ「花の宮殿」に想いを馳せて

ヴェルサイユ宮殿フランス式庭園については関心があり、かつてだいぶ調べたこともあったけれど、実はまだこの目で見たことはない。宮殿の豪壮さについては自分の感受性を超える部分もあるのではと身構えてしまうところもあるが、庭園は自然の要素を人為的に扱いつつ、それぞれの時代、それぞれの国の文化の特質を反映させて成り立っているさまがとりわけ興味深く思われる。もちろん、花が美しく咲く庭はその規模にかかわらずどれも風趣があるという気持ちも心の奥底では働いてはいるだろう。折しも7月20、21日付『ル・モンド』紙は、大トリアノンを舞台に開催されている、いにしえの日に存在した花の庭に関する展示会を紹介している(Versailles recrée son ≪palais de flore≫. Le Monde, 2013.7.20-21, p.10.)。
主宮殿から北西方向、歩いて30分ぐらいのところにある離宮、大トリアノン宮殿。現在ある建物は1687年にマンサールの設計によって改築されたものだが、彼は落成後この宮殿について、「バラ色の大理石と斑岩でできた小さな宮殿と快適な庭園」と表現したというから、自らの仕事に満足していたのだろう。そしてマンサールの言にあるように、花いっぱいの庭園は当初から宮殿の重要な構成要素であり、別称が「花の宮殿」とされたほどだった。ルイ14世は愉楽と慰安の場所としてこの離宮に特に執心し、色鮮やかで香りも麗しい花々で花壇を満たしておくためには金に糸目をつけなかったと言われる。今展覧会の企画委員の一人で庭園史家のガブリエラ・ラミー氏によれば、常に開いたばかりの花を愛でることができるよう、花壇は最大で1日2回の入替えが要請され、庭職人たちは手押し車で始終うろうろしている始末だったという。財務総監であったコルベールは巨額の庭園費を常に嘆いていたが、彼が実際に断行することができたのはせいぜい、それまで輸入に頼っていた品種の一部をフランスでも栽培させるといった程度のことらしい。
ヴェルサイユ宮殿の庭園を設計し、フランス式庭園の様式を完成させたとされる造園家、アンドレ・ル・ノートルの生誕400周年行事の一環として開催されているこの展示会は、大きく3つの要素から構成されている。まず人目を引くのが17世紀当時におけるトリアノンの庭園の復活。もちろん植生などが大きく変化している中で完全な再現とはいかないものの、関係者は徹底して庭園に存在した花のリストを精査し、原型に近付くよう最大の努力を払い、さらに25人の庭師チームが毎日完璧な状態を保つための作業を続けている。一方、宮殿の中では、主宮殿にある美術館から借りて来た当時の花のデッサンを見ることができる。庭の花々を精力的に描き続け、現代の視点からは往時の庭園の証人とも言えるジャン・コトゥル氏の数多くの作品群、さらに静物、花を携えた女性たちといったモティーフの絵画は、庭と対比して鑑賞すればさらに魅力的だ。
そしてもう1つ非常に興味深いのは、国立自然史博物館が所蔵する犢皮紙(とくひし、動物の皮で作られた紙)を用いた絵画の展示である。元々王室コレクションの一隅を成していたこれらの絵画には、当時の多くの植物が描かれている。犢皮紙は非常に脆く、特に光のダメージに弱い(このため作品は月毎に入れ替えられることになっている)ので、こうしたまとまった展覧の機会は珍しいことと思われる。
本展覧会は9月29日までの開催。夏の日射しの下で(多少とも暑く感じることが多いかもしれないけれど)、花々や絵画を楽しみ、往時に想いを馳せるのはきっと楽しい機会になるのではないだろうか。