王立美術館の古典絵画に偽物疑惑か

ブリュッセルの高台、王宮のすぐそばにあるベルギー王立美術館は、ブリューゲルをはじめとするフランドル古典絵画と、アンソール、マグリットデルヴォーなどの現代絵画それぞれの豊富なコレクションで知られる。ルーベンスの弟子で、主に肖像画家として17世紀に活躍したアンソニー・ファン−ダイクによる絵画も、美術館の古典部門の中心となる存在の一つ。ところが、4月13日付の『ル・ソワール』紙によれば、ファン−ダイクの筆によると見られていた1枚の絵画が実は偽物ではないかとする説がにわかに浮上しているのだという(Les faux de Leopold II. Le Soir, 2010.4.13, p.29.)。
事の発端はジュヌヴィエーヴ・テリエ女史による調査研究。ニューヨークのメトロポリタン美術館に残されていた記録を調べたところ、1909年5月25日に当時のベルギー王レオポルド2世から王立美術館に譲渡されていたはずのファン−ダイクの絵画「彫刻家フランソワ・デュケスノワの肖像」が、同年6月1日にハンガリー人画商のフランソワ・クラインベルガー氏のもとにあったことが判明したのだという。テリエ女史はこの記録を端緒として本格的な調査を開始し、ベルギー国内やアメリカ、ヨーロッパ各地で資料探しの日々を続けた。結論として彼女は、レオポルド2世が金銭の必要から所有する絵画を高く売却しようとしていたこと、一方当時の国内マスコミが、ファン−ダイクほどの名画を外国に流出させることに強く反対したこと、国王はこの批判にさしあたり応じ、王立美術館にファン−ダイクを譲渡するとしたが、実際に王立美術館に渡されたのは模写だった可能性が高いことなどを、証拠と推理によって引き出したのである。
これらの推理を補強するのが、並行して実施されたこの絵の色素調査。「彫刻家フランソワ・デュケスノワの肖像」は1890年のラーケン宮火災の被害に遭っており、本来ならば修復の跡が、絵画の表層にできるひびの様子の違いから明らかになるのであるが、王立美術館に現在ある絵には、こうしたひびの違いが全く存在しないのだという。
テリエ女史はこうした研究成果を博士論文として公表し、著書も発売された。この絵はぜひ厳密な鑑定に付されるべきであるというのが彼女の主張だが、王立美術館がこれに応じる気配はない。ただ、長年名画として展示してきたものが偽物とわかってしまったら、美術館の権威が大いに傷つくのは必至。ベルギー随一のクオリティ・ペーパーである『ル・ソワール』紙がこの問題を大きく取り上げたことで、美術館の立場は苦しくなってきたのではあるまいか。