理事長に聞くベルギー国立管弦楽団

美術館や博物館めぐりと並んで、コンサートに足を運ぶというのも、ヨーロッパ滞在者の文化系の楽しみの一種。なかでもクラシックはさすが本場という印象が強い。ベルギー国立管弦楽団(OMB)はその名に恥じることのない同国の代表的なオーケストラの一つだが、4月12日付『ル・ソワール』紙では、その理事長、最高責任者であるアルベール・ヴァッショー氏への取材を通じ、この楽団の現況を多少の内幕も含めて詳しくレポートしている(Petite musique des chiffres à l’OMB. Le Soir, 2011.4.12, p.32.)。
OMBは、ブリュッセルのパレ・デ・ボザールに拠点を置き、1936年の創設以来75年の歴史を有する老舗オーケストラ。96名の楽団員を抱え、年間約80回のコンサートを国内外で開催している。2010年の予算額は1,030万ユーロ。現在のポストに着任して12年になるヴァッショー氏の任務は、予算執行を管理し、コンサートスケジュールを調整し、また常任指揮者の選定や客演ソリストとの交渉を行うこと。演奏のクオリティなどは当然のことながら指揮者や楽団員自身に委ねられているわけだが、組織運営の面で彼の権限は圧倒的なものと言える。
理事長のオーケストラメンバーに対する信頼は厚く、「1時間半の新しいプログラムを準備するのに、3時間の稽古を4回、そして総ざらえを1回やれば十分なのです」と驚き混じりに説明してくれる。平均年齢43歳、現理事長になってからの12年間に入れ替わった団員が約半数という若々しい集団のチームワークの所産としては確かに驚くべきことで、コンセルヴァトワールや全国104ヶ所の音楽学院等での教育活動や自己研鑚で、メンバーの腕が常に磨かれていることを示すものと言える。また、2007年以来タクトを振るワルター・ヴェラー氏に対しても、ヴァッショー氏の評価は非常に高く、「ワルターはOMBに奥行きのある音色、そして安定感のある音楽といったものを授け、全体のレベルを引き上げてくれました」といった言葉で賞賛している。
そうなると理事長の方の腕は、いかにOMBの活動全体を活性化し、魅力的なものとして内外に示すかということにかかってくる。この点でのヴァッショー氏の活躍には確かに(彼自身の説明によるものであるから自画自賛かもしれないが)目覚ましいものがある。ヴァディム・レーピン(ロシアのヴァイオリニスト)、フアン・ディエゴ・フローレス(ペルー出身のテノールベルカント)、ダニエル・ホープ(イギリス人ヴァイオリニスト)といった卓抜したソリストたち(これらの名前はほんの一例)との競演、ベルギー国外へのツアー実施(ちなみに4月現在ドイツとスイスで公演中)、CDの制作(昨年はプラメナ・マンゴーヴァを客演に迎え、ブラームスのピアノ協奏曲第1番を録音。今年6月にはロレンツォ・ガットと、マルチヌーのヴァイオリン協奏曲第2番、交響曲第1番の収録を予定)とアクティブな企画が続いている。ヴァッショー氏によれば、「外国ツアーは費用のかかるもの(つまり必ずしも儲からない)ですが、その分我々の国際的な評価をしっかりと定着させてくれます。また、CDは名刺替わりとも言え、潜在的な聴衆にアピールするものです」とのこと。短期・直接的な収益や目先のメリットを超えて、彼が長い目でOMBを成長させていこうとしている様子がうかがえる。
おそらくこうした努力が実を結んでいるのであろう、パレ・デ・ボザールでのコンサートへの来場者数は年々伸びている。8年ぐらい前には平均1,100人以下だったのが、現在では1,400人に近付いているとのこと。また収入についても、かなりの部分を連邦政府(2010年は741万ユーロ、予算全体の70%)とベルギー宝くじ会社(140万ユーロ)からの補助で賄うことができている。予算額や政府等からの補助額は近隣諸国のオーケストラと比較して必ずしも多くはないようだが(パリやロッテルダムのオーケストラの予算額は2,000万ユーロ規模に及び、その80%が公的セクターからの補助金と言われる)、ヴァッショー氏はさしあたり安定した支援が得られ、今後も2013年までは額も保証されている(物価スライド付き)ことでほぼ納得しているようだ。
OMBでの最近の大きな出来事は、2012年秋からの新しい常任指揮者を、ロシア人のアンドレイ・ボレイコ氏に決定したこと。理事長の言によれば、「我々は今まで(ヴェラー氏)より若く、また異なる音楽的な文化背景を持った指揮者を獲得しようと、2009年10月から選考を続けてきました。ボレイコ氏は現代音楽に明るく、現在の指揮者とは異なる音色、非常に透明感のある音を自分の物としています」との由。また今回は前回までの選考過程と違い、団員たちも新指揮者選びの投票権を持ったということなので、これまで以上に指揮者とメンバーのコミュニケーションも円滑になるのではないかと期待されている。こうしてつらつら記事を読みながら、こちらも新指揮者のもとで遠からず来日公演などが行われると良いなという期待が湧いてきたが、思えば来日アーティストのキャンセルの動きが続いているところでもあり、今後いったいどうなっていくのだろう。