金融市場は農産物高騰の元凶か?

先物市場やデリバティブ市場といった、いわば投機色が強いとされる金融市場の動きには、政治家などからしばしば疑いの目が向けられる。もちろん、こうした市場での取引失敗が世界的な市場秩序を大きく混乱させる事態が既に何度も起こっているし、実体経済への影響も無視できないものがあるので、取引に何らかの枠をはめようという動きが生じるのは当然ではあろう。ただ、リスクテイク、リスクヘッジといった市場参加者の動きにも固有の理があると考えれば、ただ闇雲に規制すれば済むという問題ではないということも確かなように思える。4月6日付のフランスの経済紙『レゼコー』は、市場担当の専門記者であるローランス・ボワソー氏の論説という形で、世界の農産物価格の高騰や乱高下に関するいわゆる「金融市場責任論」を再検討し、反論を行っている(Volatilité des prix agricoles: la speculation n’explique pas tout. Les Echos, 2011.4.6, p.16.)。
フランスが議長国を務め、2月18、19日に開催された主要国財務相中央銀行総裁会議G20)においては、近年の農産物をはじめとする一次産品の値上がり傾向に投資資金の流入が大きな影響を与えているという基本的な認識の下、商品価格の過度な変動に対して作業部会で対応策を検討することとし、国際的な優先課題として投資マネーの規制に取り組むべしという論調が一定の勢いを持ったと言われる(参考:『日本経済新聞』2011年2月20日)。しかしボワソー氏は、投資資金の動きが農産物の価格高騰の主因であるという証拠はないと主張し、現に、フランス首相府に属する戦略的分析センターが1月に出した報告書でも、2007年から翌年にかけて起こった価格変動を分析した結果として、先物市場やその参加者に責任があるという結論はなんら出されていないと述べる。また、金融派生商品取引市場の規模に関するデータはおろか、一次産品の実体市場に関する基礎的な情報も十分でない状態で、確固たる原因分析などできないのではないかとも問いかけている。
金融市場の動きと農産物価格との間に強い結びつきを想定させるような要素がないわけではない。一次産品の先物市場がヨーロッパに誕生したのは、アメリカなどよりはるかに遅い1993年。その後市場規模は、最初の年の130億ユーロから2008年の2,000億ユーロへと急速に拡大してきた。他方これと歩を合わせるように、小麦等の農産物の年間価格変動率は、2004年頃から急激に高くなっている。しかしボワソー氏の見解によれば、農産品の先物市場と実物価格との因果関係はそれほど単純なものではなく、金融が一方的に実体市場に影響を及ぼしているとは言えない。
農産物価格高騰の主要な原因なのではないかと彼が列挙しているのは以下の点。

  • 需給バランスの不均衡。よく言われるのは、新興工業国を中心に消費が伸びているのに比べて、多くの農産品の生産が恒常的に不足傾向にあるということ。2007年以降の小麦の価格暴騰については、それ以前に6年間連続して生産不足が起きていたことが大きな要因の一つとされる。
  • 気候変動の激化。特に、ロシア、アメリカ合衆国平原部及び中国における干ばつ、オーストラリアでの洪水が同時期に発生するなどしたことは、主要作物の生産に対する大きな痛手となった。
  • 農業保護のための公的介入政策の衰退。パリ・ユーロプラス(金融市場協議会)がこの記事の前の週に発表したレポートでは、主にヨーロッパで採られていた農産品への補助金政策がEUの自由化推進によって見直されたことで、これまでの価格統制が効かなくなり、結果として農業市場の安定化機構が失われたとされている。
  • バイオ燃料の発達。現在ではトウモロコシの収穫の10%以上、サトウキビの35%がバイオ燃料向けに使われており、食糧としての需給バランスに影響をきたすまでになっている。
  • 農作物の実体市場の非透明性。特に中国の動向が読めないことにより、本来実体市場との関連が維持されるはずの先物市場に混乱が生じている。また、農産物の需給や価格についてもっと国際的連携が深まり、例えば昨夏、ロシアが突然小麦の輸出停止を宣言する前に、アメリカなりフランスなりが停止された分の供給は十分保証できる旨の表明でも行っていれば、不要な価格変動は起きなかったのではないかとも考えられる。

要するにボワソー氏の論調は、農産物の価格変動にはこれだけ様々な要因があると提示しつつ、金融取引の影響はそれらと比べれば二義的に過ぎないとするもの。普通の市場参加者と投機筋を区別するための規制を設けることには反対しないと言いながらも、個々の取引を登録制にするなどといった提案には、投資家が恐れをなすのではないかとして抵抗の姿勢を示す。まあ、証券・金融業界からの反応としては十分ありうべき範囲のものかと思うが、市場関係者の常識は世間一般の共有するところではないことが改めて感じられる、ある意味で非常に経済紙らしい論説になっている。