これでいいのか?実効性なき速度制限

西ヨーロッパ諸国では、特に中心市街地について自動車の速度制限が厳しく設定されているケースが多い。ドイツでは指定された市街地での速度は大分前から30キロ上限と決められているし、フランスでも交通事故死の減少を目指して、従来50キロだった街路の制限速度の一部を30キロに引き下げる検討が進んでいるとされる(『OVNI』6月1日号の記事による)。こうした中、ベルギーでも、ブルージュ、ゲント、アントワープ、モンスなどの先例に続き、昨年からブリュッセル中心部の速度制限強化に乗り出したが、5月30日付『ラ・キャピタル』紙の報道によれば、これが然るべき成果を全く挙げていないのだという(La zone 30 ne sert à rien. La Capitale, 2011.5.30, p.4.)。
ブリュッセルの都心を囲む環状道路の内側一帯は、その形状からペンタゴンとも呼ばれる。このペンタゴンの域内を原則として制限速度30キロとする施策が昨年9月に導入されてから約8か月が経過。しかし街の様子を見るに、車の速度が目立って遅くなっているようには感じられない。施策の効果をめぐっては市役所が公式の調査を現在実施しており、その結果を待って評価すべきとも言われるけれど、例えばベルギー国立銀行のそばを通って鉄道のブリュッセル北駅と中央駅を結ぶベルレモン大通り、パシェコ大通りの路傍に設置してある速度計測機の表示によれば、ほとんどの車が時速35キロ位で通過しており、なかには50キロを超えるスピードで飛ばしていく車も見かけられる。こうした背景には、この4月に違警罪裁判所(道路交通法等違反に対する略式裁判を実施する機関)が、30キロゾーンでの速度違反を訴追の対象としないとの表明を行ったことも、大きな要因としてあるだろう。日本のJAFにあたる組織であるトゥリング協会の広報担当、ダニー・スマッヘ氏は、「我々の持つ最新データによれば、100台中1台しか速度を守っている車はありません。残りの車全てに対して調書を取ることなど不可能でしょう。こんな速度制限を導入した政治家は愚かしいと思います」と、極めて否定的な見解を示している。
もちろん、施策を推進した当局側も、この状況を良しとしているわけではない。ブリュッセル市役所都市計画・交通問題担当助役(ベルギーの市町村では首長や助役は議員から選出される)のクリスティアン・スー氏は、「たとえ(裁判所の)業務が過重になったとしても、ある種の法律違反行為が全く処罰されないままになることを容認するわけにはいきません」とまずは原則論を述べて、裁判所の態度を批判する。ただ、こと実務になるとトーンは急速にダウン。実際に処罰を課する段階への移行は今すぐというわけではないとの由。この件の事務担当者によれば、対象路で車の速度を遅くするための物理的な整備について、調査報告を現在とりまとめており、引き続き助役に承認を得るという段階にあるとのことで、いつのまにか話がすり替わっている感が否めない。
一方、ベルギー道路安全研究所(IBSR)の見解にも不透明さが目立つ。広報担当者であるブノワ・ゴダール氏は「我々は30キロゾーンの設定にはっきり賛成しています」と述べるも、一方で「どの道路で30キロ制限が守られないのかを明らかにする必要がある」との意見も提示し、ついには「どうしてもドライバーに速度制限を強制させる手段がない場合は、制限速度を50キロに引き上げる必要があるかもしれません」と言い出す始末。「視界が開け、スピードを抑える類の障害がない広い道路では、ドライバーはどうしてもアクセルを踏んでしまう傾向があります。ある種の道は30キロに抑えて走るようには造られてこなかったのです」というのだが、確かにそういう要素はあるにしても、これでは30キロゾーンを尊重するつもりなどないのではと思われても仕方がない。
結局、この施策に実効性を持たせようとするのなら、市役所が説明するように「車の速度を遅くするための物理的な整備」を本格的に実施するよりほかにないだろう。道路をわざと蛇行させてみたり、ところどころ隆起箇所を作ってスピードを遅くさせるといった実践は、日本や世界各国の都市中心部や住宅街で既に相当程度なされている。そうした取り組みに学びつつ急ピッチで整備に着手しなければ、実現への展望は当分開かれないだろうと思えてしまう。
(後記)その後の報道によれば、スピード違反をきちんと摘発して罰金を取るなど、多少の方針転換が行われた模様。当たり前と言うべきだが、違反車だらけの中でどれだけ効力を持たせることができるか、それとも「一罰百戒」でいくのか、当局の模索はまだまだ続きそう。