学生の保健事情に重大危機

国民皆保険」という原則が確立しているにせよ、労働環境、ひいては家計事情が全般的に悪化してくると、結局は問題をはらむようになるのが健康保険。日本では非正規雇用者を中心に、国民健康保険未加入に伴う問題が多々生じつつある。フランスでも程度の差はあれ、同様の実状があるわけだが、日本と違うのは、学生が親の被扶養者扱いされる割合が少なく、その分健康保険に未加入という事態が発生しやすいこと。5月26日付のフリーペーパー『ヴァン・ミニュート』紙は、こうした経緯から学生の健康状態全般に黄信号が灯りつつある状況について報告している(La santé étudiante en peril. 20 minutes, 2011.5.26, p.8.)。
フランスの学生に対する健康保険の仕組みは、一般的な国民健康保険と、学生共済保険組合(LMDE)が提供する保険との2本立て。共済の方は、国民健康保険ではカバーされない自己負担分を支出するという役割になっていて、どのような共済に入るかで最終的な自己負担割合が決まることになる。当然のことながら、国民健康保険にせよ共済保険にせよ、加入者である学生はそれぞれ年単位で保険料を支払わなければならない。
最近LMDEが実施した調査では、保険料(特に共済保険のそれ)が払えず、結果として医療機関にかかることに困難を感じる学生の割合が近年増加していることが明らかになった。具体的には、共済保険に入っていない者が6年前の13%から19%に増加。これに伴い、医者の診察を受けることを諦めている学生が34%(2005年から10ポイントの増)、また経済的理由で治療すら受けないというのも全体の20%に及ぶという状況になっている。
こうした事情の背景には、学生のうち約半数が月400ユーロ以下で生活しており、保険料を払うだけの余裕がないこと、また特に大都市においては、国民健康保険と学生共済に加えてなお相当の自己負担額を要する病院・医院が多いため、気安く医者にかかるわけにいかないといった実状がある。若いうちは病気になることも相対的には少ないため、保険料を納めていざという時に備えても差し引きでマイナス(全額自己負担だった方が結局安くつく)場合もあり得る。生計に余裕のない中で、保険料支払いをためらう(または怠る)学生が出るのも無理はないとは思うけれど、結果として大病してしまったら深刻な事態は避けられない。
パリ第1大学の3年生で造形芸術を専攻するジェニフェールは、学業の傍ら販売員として働いており、国民健康保険に加えて企業共済保険にも加入しているが、それでも医者にかかるための自己負担は生活上とても厳しいという。「歯科にはこの4年間行ってませんし、眼科にも2年間かかっていません。自分は鉄分が不足気味なのですが、ホームドクターのところにもできるだけ行かないようにしてます。診察に50ユーロかかるとすると、30ユーロは自己負担しなければならないからです。医者に行くのは貧血がひどいときだけ。こんなふうに過ごしているために、疲れやすくなり、授業に集中するのが大変なこともあります」と語るジェニフェール。状況はかなり過酷というべきではないか。
こうした現状に対し、LMDEのガブリエル・セフテル理事長は強い危機感を抱き、「学生の健康に関する実効性を持ったプランを緊急に策定する必要があります」と訴える。共済組合としての提案事項は、病院・医院で使用できる年間200ユーロ分の小切手制度を創設し、病気になった時にはそれを使用して自己負担分に充当できるようにすること、そして大学を擁する大都市ごとに学生保健センターを設置して、最小の自己負担額(共済に加入している場合はゼロ)での診察を実施することの2点。まあ、健康保険の恩恵を享受できないのは学生には限らないのではないかとも思うが、さしあたり共済の責任者として、健康な学生生活を保つために発言するということであれば、改革を志向するごくまっとうな提言と評価できるだろう。