雇用をめぐるウソ・ホント

雇用はしばしば人生の重大事であるだけに、多くの情報が飛び交い、就職や職業をめぐる統計は人々の注目を集める。ベルギーもまさにそのような状況にあるが、とりわけ経済危機が叫ばれる昨今は、過度に悲観的であったり、一見本当らしく思えても事実とはかなり異なる言説が人口に膾炙している場合も多い。6月6日付『ル・ソワール』紙は、広く流布している言説の真偽に関し、公的機関であるワロン地域圏職業教育・雇用センター(FOREM)が表明した見解について報じている(Le Forem torpille les clichés. Le Soir, 2011.6.6, p.6.)。
最初に取り上げているのが、「学歴は就職に際し有利に働かない」という、最近しばしば見られる考え方。これだけ不況が厳しく、雇用環境が悪化している中では学歴など関係ないという発想なのかもしれないが、FOREMはこうした考え方に否定的だ。修士号を得てその後すぐに職を得た学生が63.5%であるのに対し、中等教育修了資格(いわゆるバカロレア相当)の場合は53.8%、初等教育修了しかしていない場合は28%になるというデータを示し、学歴が低くなるに従い職の確保率が確実に低下すると説明する。FOREMとしては「学業を修めることは決して無意味ではない」との見解を表明することで、向学心という形でのモチベーションを減退させないよう努めているのだろう。
「全く職を得られない人々がいる」という考え方に対しても、FOREMは批判的な結論を出している。確かに、2年以上失業状態にあり、中等教育修了資格、運転免許、語学力や十分な職務経験を持たない人がワロン地域圏内には2万人ほどおり、そういう人々の就職は容易ではない。しかし、「雇用仲介サービスセンター」が雇い主と求職者のマッチングを図り、さらに連邦政府から補助金が支払われるという現存のシステムを活用すれば、清掃業務、ホテル・レストラン関連業務、建設関連業務等で職を得られる可能性はあるというのがFOREMの主張。おそらく「どうしても職を得られない」とは公的機関として認め難いし、またそうでないことを明らかにするための最大限の努力が、立場上求められているということなのではないか。
その他、「ベルギー国内の工業はいずれ消滅してしまう」という説に対しては、化学、製鉄、食品加工などの産業分野で投資が活発に行われていることに基づいて打ち消しを試みている。興味深かったのは、「(就職には)複数言語ができることが必要」という、「ベルギーではそうかも」と思わせる考え方がデータによって否定されていること。FOREMでは2010年に、約12万件の求職案件を調査したが、学歴(54%)、職歴・業務経験(49%)、運転免許(34%)を要件とする求職に比べて、母語以外の言語に堪能なことを求めるものは12%とかなり少ない。フランス語圏の求職で求められる外国語能力としてはオランダ語が54%で、2位の英語(35.4%)をだいぶ引き離しているのも特徴。要するに、対人コミュニケーションが重要でない職種では、いくら多言語国家であっても語学力がとりたてて必須というわけではないらしい。
このように「広く信じられているけれど実は本当でない」という言説(または公的機関としては信じてほしくない言説)が数多くある一方で、一般的に言われていることがそのまま正しいといった事柄もある。例えば「ワロン地域圏はフランドル地域圏に比べて公務員の割合が高い」というのは、データに照らしてもそのとおり。ただこれには、70年代末にワロン地域圏で既存工業の衰退に伴って膨大な失業者が発生した際に、救済策として公的セクターでの雇用を増やすことを余儀なくされたという歴史的経緯がある。2003年からの5年間で見ると、ワロン地域圏とブリュッセル首都圏地域では公務員が約5%減少しているのに対し、フランドル地域圏では0.5%増えている。要するに公務員は確かに多いけれど、削減の努力は続けているというのが説明の趣旨なのだろう。
また、「近年は非正規雇用が増えている」というのも事実。2003年以降、パートタイム雇用は37.5%、代替雇用及び季節雇用は36.4%それぞれ増加しており、結果として就労していながらも貧困層から抜け出せない労働者が、ベルギー全土で22万人いると言われる。このあたりは現在の雇用環境からしてどうにもならない趨勢であって、社会的セーフティネットも活用しつつ、長期的な視点で打開策を探るべきということか。過度な俗説は排除しつつ、雇用をめぐる現実が厳しいことには変わりがないという点自体は、FOREMとしても認めざるを得ないと思われる。