気候がかくも深刻な影響を与える農牧業の深層

「春先の寒さが原因で何々が不作」、「夏場に雨が降らず何々の収穫に打撃」といったフレーズを、これまで何度となくこのブログの中で書いてきた。確かに農牧業にとって、天候の良し悪しは作柄に決定的な影響を与えるものであり、しかも近年は「異常気象が常態化」というパラドクサルな状況にあることから、実際に農業や牧畜に携わる人々にとっての懸念は尽きることがないだろう。しかし少し考えるに、天気が意のままにならないのは今に始まった話ではなく、農家の人々はさまざまな気象変動にそのつど対応しながら、なんとかこれまでやってきたのではないか。なぜ近年になって、とりわけ天候不順がこの産業に常に大きな影響を与えるかのような議論が増えてきているのか。8月23日付、ベルギーの『ル・ソワール』紙は、こうした点について興味深い論説を掲載している(Jamais contents, les agriculteurs? Le Soir, 2011.8.23, p.8.)。
現在、ベルギーの農牧業界では、この春に乾燥した日が続いたことで、今後各種の農作物にどのような影響が出るかが強く懸念されている。しかし今回の取材で記者は、「ちょっとした天候の気まぐれについて、農民が常に嘆いているという構図は、いったいどういうことなのか?」という疑問からスタートした。ワロン農業連盟(FWA)のルネ・ラドゥース会長も、こうした記者の疑問に同調しつつ、「確かに、我々はいつでも不平を言っているような風がありますね」と率直に認めている。
象徴的なことは、ある地域(例えばベルギー)の天候不順が作物の生育に影響を与えるのが予想されるときには、必ず直ちに先物取引等の投機筋の多大な反応を招くということ(小麦などでとりわけ顕著)。天気の変動が世界大の投資マネーの奔流にインパクトを与える構図。さらに、それぞれの農作物自体、近年はEU諸国、ひいては世界各地との競争にさらされており、豊作・不作といった生産動向は、農作物の輸出入や物流に直接関わっていくことになる。「気まぐれ」な天候に対して、市場は(実体市場であれ投機市場であれ)至って厳しく反応するのだ。
要するに、農家の人々がこれほど天気のことで一喜一憂しなければならないのは、いわゆるグローバリゼーションの趨勢の下で、これまで農牧業に確保されていたセーフティネット(どれだけ収獲が期待外れでも、最低限の収入は確保されるといったこと)が次第に取り外され、一方で産地間競争が苛烈に展開されるようになり、また投機や価格変動なども激しくなるといった状況によるところが大きいのではないか。もちろん、EUが現状の延長線上で政策を展開していくかぎり、農業保護政策の復活や拡大といった成り行きは基本的にはあり得ないだろう。年々厳しくなる外的環境を所与のものとして、それぞれの農家は経営を続けていかなければならない、そのことが天候への恨み言となって結果的に表現されるのではないかとこの記事は述べている。興味深い論点の指摘だと思う。
なおここでは、いくつかの具体的な作物等について、天候がどのように作用するのかについても言及されている。例えば、今年前半期の乾燥した気候は、特に牧草の生育に深刻な影響を与えたとされる。その分価格は高騰し、牧畜を営む人々は対応に追われた。今年採取する牧草だけでは牛を育てるのに充分でなく、他の飼料を混ぜたり、あるいは冬用にストックしてあった牧草を放出するなどして、ようやくしのいでいるのが現状。他方りんご(ワロン地域ではジョナゴールドが幅広く生産されている)は、春先の雨量過多、寒さから来る芽の凍結、夏期の天候不順や乾燥などが弱点ではあるものの、当地の平均的な気候に適合した作物と言われる。しかし今年の場合は、ブラバン・ワロン州ナミュール州で真夏に降ったひょうのために、かなりの実が販売できないという壊滅的な打撃を被ってしまっている。
農民はひたすら好天を祈るしかすべがないのか。しかし、希望が全くないわけではない。ナミュールから東南東約30キロ、ソンム−リューズ村で牛の飼育に携わるジャン−フランソワ・ルブット氏も、牧草の不作によって大きな困難に直面している一人。「この何年かの間に、私の家の牧畜業が生み出す利益幅は急激に減少しています。これは多くの外的要因に拠るものであり、天気はその中でも重要なものの一つです」とはっきり認める。しかし彼は同時に、「不平を言おうとは思いません、なぜならこの仕事が好きですから。作柄の変動は誰にとっても同じことなので、要はそれを予測し、その被害を受けないようにすべきなのです。解決法、違う働き方といったものがきっとあります。天気の問題というよりも、つまり、人の問題、受け止め方の問題なのです」と力強く語っている。農牧業を巡る環境がいかに厳しくても、それに毅然と立ち向かう彼のような人々が多くいる限り、この産業の未来はまだ開けていく余地があると言えるのではないか。