今なぜか、税務当局への密告が増加中

企業の内部告発などが社会悪を明らかにする手段として注目される現代では、多少はイメージも変わってきているのかもしれないが、「密告」ということばなり行為にはなんとなく後ろ暗い雰囲気がつきまとう。ましてその密告が、道義的には正しい指摘であるにしても、直接に他人の地位を失墜させる結果になるようなものならなおさら。しかし、9月2日付のベルギー『ラ・キャピタル』紙によれば、同国の公的機関に対する一般人からの密告が、今年に入って急増する傾向にあると大きく報じている(Le Belge dénonce plus son voisin au fisc. La Capitale, 2011.9.2, pp.2-3.)。いったい人々は何を告発しているのか、そしてその増加の背景には何があるのか。
主に告発が向かう先はいわゆる税務当局。ベルギー連邦財務省税務特別調査局や、財務大臣官房、脱税問題担当国務長官官房に対して、実名または匿名(ほぼ半数ずつ)で寄せられる脱税疑惑の密告は、今年初めから7月末にかけて約460件に達した。昨年は年間で540件だったので、今年は倍増も予想されるペース。しかも広報担当のフランシス・アディンス氏によれば、当局では特に通報用の専用電話を設けているわけではなく、(一般的に脱税阻止の意思は持っているにせよ)とりたてて密告を奨励しているわけでもないという。もちろん疑惑の主に対して密告者の存在が明らかになることは決してないが、市民からの通報で脱税が摘発された場合、通報者に追加徴収額の最大15%が報奨金として支払われるアメリカのようなシステムも存在しない中で、担当者も密告が増えている理由を今一つつかみかねている。
密告類型で多いのは、隣人に対するもの、離婚した妻から夫(もしくはその逆)に対するもの、あるいはある会社の元従業員が雇用主に関して行うものなど。「隣りに住んでいる人が、急に高級車を乗り回し始め、外国に別荘を買った。彼の職業から得ている収入では考えられない」とか、「A社は不正雇用により常習的に脱税しているらしい」といった形で、具体的な通報が電話、手紙又はメールで次々と到来する。動機としては、嫉妬心に駆られてとか、復讐心からといった感じのケースが多く、純然たる道義的通報は少ないとみられる。ちなみに、離婚した夫婦間の密告の場合、当局は7年間遡っての調査を行うため、めぐりめぐって密告者自身も訴追されるという皮肉な結果になることもあるようだ。
税務関係ほど数は多くないが、警察や自治体の都市計画担当部署、全国雇用局(ONEM)などに密告が向かう場合もある。警察には「道行く人を盗撮している奴がいる」といった苦情、都市計画関係では「隣人が(計画上問題のある)ベランダを新設した」などの指摘、そして雇用局には当然「不正雇用が行われている」等々の通報が寄せられる。ただし脱税疑惑の告発が急激に増加しているのに比べると、これらの分野に関する連絡件数は安定していると言われる。なぜそのような違いが起こるのだろうか。
税法を専門とするティエリ・アフシュリフト弁護士は取材に答えて、摘発された脱税案件のうち、40%が密告に基づくものだったと指摘する。これは相当大きな数字だ。そして彼はアディンス氏と同様に、告発の背景には政治的、哲学的なものより、もっぱら嫉妬とか憎しみといった感情が絡んでいるとも述べている。また、経済危機が継続、深化する中で、他人が不正に利益を享受することを我慢できない人々が増えてきた側面をあり得るとして、経済動向が密告件数の増加に影響している可能性も認める。一方でアフシュリフト弁護士は、「密告は第二次大戦中の不幸な出来事を想起させる側面があるため、アメリカほど肯定的には捉えられていません」とも説明して、ベルギーでは密告者に報奨金を出すといった施策が考えられない理由の一端も明らかにしている。
また、リエージュ大学で社会学を講じているクロード・マケ氏は、経済危機の影響云々というよりも、社会制度に対する信頼の危機が、密告の増加という形になって現れているのではないかと説明する。本来あるべき社会正義が制度によって確保されていない、そうした不満が実は人々の意識の深層に渦巻いているのではないか。「密告」というのは日本人からみるとややおどろおどろしいイメージがあるし、『ラ・キャピタル』紙はやや大衆紙的な編集方針を取っているため、記事での取り上げ方にショーアップ気味のところもあるかもしれないが、マケ氏の説明を聞くと、背景には非常に根深い社会意識上の問題が潜んでいるのかもしれないと思えてくるのである。