一線を超える?警察業務の民営化

日常的な防犯から大規模犯罪まで、警察が立ち向かうべき対象は数多い。細かな法律違反行為にまで人々の厳しい目が向けられる昨今、また財政危機、予算削減の流れにも直面して、組織としての警察をめぐる環境には厳しいものがある。そしてフランスでは、いよいよ警察機能の「民営化」とも言うべき現象が起こり始めているのだとか。10月28日付『ラ・クロワ』紙はこうした状況についてレポートを掲載している(Quand des villes confient leur sécurité à des détectives. La Croix, 2011.10.28, p.8.)。
同紙記事によれば、近年になってフランスの警察は、軽犯罪や秩序違反に類する比較的些細な案件について、そのきちんとした捜査、対応を怠りがちであり、そうした傾向に業を煮やす住民たちの圧力を受けて、市町村が民間の調査業者に一種の「捜査」を依頼、有料でこれに対応してもらう傾向が一部に見られる。まあ、調査業、警備業、あるいは探偵業というのが現実に存在している以上、そうした状況も確かに成り立ち得るとは思えるのだが、それにしても、あたかも警察の権限の一部が民間委託されているようなところは、なんとも腑に落ちない。
昨年の暮れ、パリの東北東約30キロにあるクレジュ−レ−モー町で、奇妙な事件が起こった。毎週末の真夜中、何者かが街路にちらし(どんな内容のものかは不詳)を撒き散らし、翌朝になると住民があちらこちらで紙くずの片付けに追われるという事態が続いたのである。おそらく、これをたかだか軽犯罪の一種とみなしたからであろう、モー町に置かれた派出所は案件としてのまともな対応を回避。納得できない町長、ニコル・ルクー氏が、5,000ユーロの謝礼を払って業者に調査を依頼したところ、しばらくの後めでたく犯人が特定され、おかげで町は平穏を取り戻したという。
一方、アヴィニョンから東方の山地に入ったフォンテーヌ−ドゥ−ヴォークルーズ村では、モー町とほぼ同じ時期に、駐車券の偽造事件なるものが発生。村から私立探偵に依頼がなされて数日後、詳細な報告書が提出され、これに基づき警察が犯人を拘留したという。本件に携わったロベール・ディアズ探偵は、「村長は内密かつ迅速な調査を依頼してきました。警察署の捜査がどんなものかは皆さんご存知でしょう、誰かを告訴しても6か月間は何事も動かないといった状況なのですから」と内情を暴露する(「内密な調査」を依頼された探偵が記者にぺらぺら喋るのもいかがなものかと思うが)。
もちろん、不審尋問を行う権利、家宅捜査の権利、そして被疑者を拘留する権利は警察のみに付与されたものであり、民間業者の所掌ではない。けれども逆に、そういったいくつかの特権を除けば、犯罪捜査なり調査という点で、警察と探偵の垣根はそれほど高いとは言えないのかもしれない。警察一般労働組合連合の全国代表であるヤニック・ダニオ氏は、民間企業に従来は警察が行ってきた機能の一部を任せる動きが強まっていると指摘し、「行政が探偵業をより厳しく規制する方向に進んでいるのはそうした背景によるものです。来年1月に設置される民間警備業全国評議会も、同様の視点に立っています」と説明する。またこれに呼応するように、民間調査業務連盟のクリスティアン・ボルニッシュ会長も、「我々は将来、正義を守る補助者の役割を担えればと思っています」と、今後の展開を見越した意欲を示す。
将来的に、民間業者の「警察業務」への進出がどの程度進むのか、その場合、官と民の棲み分けがどうなるのかは大いに注目されるが、しかしそもそも「小さな政府」論をシンボライズする古典的な語「夜警国家」は、少なくとも警察力については、国なり公的機関が担うという発想を背景にしていたのではなかったのか。ダニオ氏は一方で、民間探偵への業務移転がますます進んだ場合、「豊かな自治体のみが治安を買うことができるといった状態が生じるのではないか」という危惧すら抱いている。もちろんそれほど極端な事態にならないのが望ましいのだけれど。