富裕な小国でも経済社会政策の改革に本腰

ベルギーの南東方にある、人口約50万人の小国ルクセンブルク。税制優遇措置等を活用して金融業を発達させ、この分野での優位を基礎として豊かな市民生活を築いてきた。またベネルクス3国の一角としてEU統合に熱心であり、自国内に欧州司法裁判所を置くなど、ヨーロッパ政治に対してもかなりの地位を保っている。さらに、欧州危機が叫ばれる現在でも比較的安定した経済運営を実現していることは特筆すべきだろうが、それでも財政等へのダメージは次第に深刻になりつつあるようで、各種制度改革の必要性がいよいよもって取り沙汰されている。12月28日付ベルギーの『ラ・リーブル・ベルジック』紙は、経営者団体であるルクセンブルク企業連合(UEL)のミシェル・ヴルス会長にインタビューし、同国経済の現状と未来、また今後採られるべき対策等について訊ねている(”Les derniers des Mohicans”. La Libre Belgique, 2011.12.28, pp.22-23.)。
この国の経済・社会政策のなかで非常に特徴的であり、一方で改革の必要性も叫ばれているのが、賃金の物価水準スライド方式。充実した社会保障と並んで、人々の暮らしを安定的に支える政策手段となっているが、当然のことながらインフレを惹起しやすく(現に同国のインフレ率は、周辺国よりも高めに推移している)、また財政にも負担が掛かりがちなシステムである。ユーロ通貨の混乱を主な理由とするヨーロッパ経済の停滞トレンドを背景として、ルクセンブルクでもより安定性の高い政策への移行を模索。そしてこの12月、ジャン−クロード・ユンケル首相は、今後3年間にわたり、賃金の物価スライドを年1回に限定するという施策を打ち出した。スライド制自体は維持していくものの、賃金改定頻度を抑えることで、賃金上昇からインフレが発生する展開を最小限に抑える狙いがあることは明らかだろう。
この点についてヴルス会長は、「我々としては(首相の提案とは異なり)、2年間にわたる物価スライド制の凍結(すなわち賃金の凍結)を主張してきました」と明確に語り、それによって経済競争力の維持を図るのがルクセンブルクの最大の課題だと主張する。ただ一方でヴルス氏は、ユンケル首相提示の方針に基づいて経済運営が行われることにより、今後3年間は物価スライド制について性急かつ感情的になりがちな議論をする必要がなくなったことで、年金や失業などの問題、あるいはスライド制以外で国民の生活を支えるとすればどのような方法があり得るか(例えば子どもの学習書購入のための公的援助など)といった課題について、多少の余裕をもって考える時間ができたのではないかとも評価しているようだ。
ルクセンブルクの経済成長率は、2011年こそ2.0%程度をキープすることが予想されるものの、このままいくと2012年には1.4%まで下落すると予想されている。高賃金に誘われて近隣諸国から移ってくる労働者が多く、国内の非熟練労働者が割を食って失業するといった事態も発生している。さらにこの国に本社を置く巨大鉄鋼企業アルセロール・ミタルが、国内工場の操業を一時停止、さらに縮小するという方針を示しており、当国における雇用に多大な影響を及ぼすのは必至。総じて、年金をはじめ国家財政について検討し、(主として国の負担を軽くする方向で)改革を進めることは「極めて緊急の課題」(ヴルス会長)となっている。
もちろん、この国を世界の企業家にとって魅力的なものに見せるいくつかの制度は健在だ。例えばアマゾンが欧州本部をルクセンブルクに置くのは、電子取引に係る付加価値税の税率が低いからと言われる(1月14日付ブログ参照)。また、知的財産を免税対象とする法律の存在も、多くの特許を抱える世界の企業や研究所にとっては活用のしがいがあるものだろう。一方でこの国は、国内総生産のかなりの部分を金融分野に依存しているが故に、特定部門集中経済の脆さ、不安定さを潜在的に持っている。今後はインターネット関連企業、バイオテクノロジー企業等への投資を促進し、産業の多角化を図ることが大きな課題になると想定される。
なお付け加えて言えば、経済競争力の確保、国家財政の安定化が急務と言われても、それらの問題の深刻さは、他国に比べれば相当緩いものなのではと推定される。金融分野に圧倒的強みを持つ小国たるルクセンブルクでは、同じ「経済危機」と言っても周囲の大国、中規模の国とは事情が異なり、はるかに制御が効きやすいといった状況にあるのではないか。