なぜか高まらないドイツ語学習意欲

最近、ユーロ危機の中でドイツが堅調な経済運営を維持していることから、欧州諸国全般にドイツ語学習熱が高まっていると言われる。周知の如くドイツとベルギーは隣国同士で、欧州特急タリスに乗ればブリュッセルから2時間半でケルンまで達するほどの近さにあり、当然通商上の関係も深い。となれば、ベルギーでも就職などのチャンスを求めてドイツ語習得に力を入れる向きが少なくなさそうだが、現実はさにあらず。4月6日付の『ル・ソワール』紙は、同国(フランス語地域)におけるドイツ語学習の最新事情を改めて考察している(L’allemand n’a pas la cote à l’école. Le Soir, 2012.4.6, p.15.)。
ベルギー王宮にも程近いベリアール通りに居を構えるゲーテ・インスティテュート(アリアンス・フランセーズの独版)のブリュッセルセンター。ここの所長であり、また欧州南西部の同機関責任者でもあるウーヴェ・モール氏は、ベルギーでいっこうにドイツ語を新たに学ぼうというトレンドが生じないことに困惑している。スペインでは1年ぐらいの間に履習登録者が一挙に30%ほども増加しており、ポルトガルギリシャでも同様の趨勢が見られるのに、ブリュッセルではそうした動きはほぼ皆無の状態が続く。モール氏は「我々の目的は、なにか文化的な進出を意図するようなものではありません。ドイツ語を学ばせようという(ベルギー)政府等のイニシアティブが全くないということが、我々にとっては驚きです」と、落胆と焦りの気持ちを表明する。しかし、ブリュッセル自由大学文学部文学科で、現代語学・文学部門長を務めるフランカ・ベラルシ氏の立場からは、ドイツ語への意欲が掻き立てられないことはごく自然に映る。「第二次世界大戦が、ドイツ語のイメージを非常に悪くしてしまいました」。ベラルシ氏は先の大戦に基づく「癒されることのないトラウマ」の影響を強調している。
それでは学校における実状はどうか。フランス語地域での幼児・初等教育で外国語実習(イマージョン法を適用)を行っているのは、オランダ語122校、英語33校に対しドイツ語はたったの3校。中等教育ではそれぞれ76校、31校及び5校となっている。また中等教育での外国語履修状況(選択制)を見ると、ドイツ語はスペイン語と並んでわずかに3%。70%が英語、22%がオランダ語を選んでおり、こうした傾向は容易に変動しそうにもないようだ。
一方、昨今の事情をうけて、モール氏の槍玉にあがった政府は重い腰を上げ始めている。フランス語共同体政府のマリー−ドミニク・シモネ義務教育相はこのほど、ドイツ語共同体政府(註:ベルギーには狭いながらもドイツ語を日常言語とする地域が存在し、その地域を代表する政府も置かれている)のオリフィール・パーシュ教育相と、ドイツ語学習について協力関係を強化することで合意した。具体的には、小学6年生を対象とする休暇期間中のドイツ語長期実習、ネイティブの語学教諭の相互交流などが、新規実施に向け想定されている。シモネ義務教育相は、「ワロン地域圏にとって第2の通商相手国であり、また地理的にも近いドイツのことばはビジネスでも十分に活用可能であり、若者たちにとってドイツ語の重要性は明らかだと思います」ともコメントしている。
しかし、ドイツ−ベルギー協会のマルセル・スティーノン会長は、こうした公的な取り組みに懐疑的。政府が主として効率性の観点から、90年代に学校での外国語授業を週4時間のものに限定する(週2時間のものは原則廃止)という施策を打ち出し、ドイツ語教育を事実上不可能にしたという「前科」を指摘し、さらにドイツ人自身も外国で自国語を使わず、そのことでプロモーションの格好の機会を逃していると批判する。どうも、経済的な要因(しかもごく最近の)からベルギーでドイツ語を学ぶ人が増えるというのは、いろいろな意味で幻想に近いようだ。
ただ、敢えて部外者の視点でコメントするなら、上記のとおり国内に小さいとは言え「ドイツ語共同体」を抱えるベルギーであってみれば、そのことばの重みは一定程度あって然るべきではないか。そんな観点から(オランダ語と共に)ドイツ語を学ぶという姿勢が、フランス語地域にもっとあってもよさそうに思うのだが。