市民スポーツは充実、しかし課題も

世の中オリンピックでいずこも湧き返っている感があるが、オリンピックの直後にスポーツを始める人が一時的に増加するという話をどこかで聞いたことがある。そういう意味では祭典も馬鹿にはできないわけで、ムードに乗せられ運動に関心を向けるという流れがあるにせよ、これを機会に体を動かす習慣を持てるようになるならその人にとって悪いことではないだろう。7月19日付のベルギー『ル・ソワール』紙も、オリンピック・プレ報道の一環として、ベルギー人のスポーツ習慣について詳しく取り上げている(Un belge sur trois fait du sport une fois par semaine. Le Soir, 2012.7.19, p.16.)。
EUの調査によれば、週に5回程度(ほぼ毎日)運動をすると答えたベルギー人は全体の16%、週1回ぐらい何らかのスポーツをするとしたのは34%にのぼり、それぞれ欧州でもベスト5に入る位置に付けている。これらの値は予防医学的にまだ充分ではないにしても、相対的に一定の実績を示していると言ってよいだろう。世界的な医学雑誌『ランセット』に、運動不足が死の原因(誘因、遠因)とみなせる人の割合は10人に1人で、タバコや肥満症のそれと同じぐらいとする論文が掲載されたこともあって、各国の保健関連機関では今後ますます市民スポーツの振興に力が入ろうというもの。ベルギー人について言えば、「リラックスするため」に運動すると答えた割合(62%)がヨーロッパ全体(39%)に比べてかなり高いのも、健康増進という観点からは好ましい調査結果と言えるのではないか。
では、すこやかに生きるために、一般の人々はどのように運動をすればよいのだろう。ルーヴァン・カトリック大学附属サン−リュック病院で運動病理学、スポーツ医学を専門とするジル・カティ氏は、週当たり150分程度の軽い運動、具体的には速歩、ジョギング、あるいは自転車走行などを継続することが望ましいとする。この場合、最低でも10分間は1回の運動を続ける必要があるが、それ以外の配分は自由なので、例えば毎日の通勤時に10分ずつ4回自転車に乗る(家から駅まで、駅から職場まで)というのでも、充分に病気を予防する効果が期待できると言われる。
もちろん、ジムでバイクやランニングマシンを使用したり、筋トレに取り組むのも大いに有効だ。ただそこには、戸外で運動する場合と異なり、とかく他人と比較して「やり過ぎてしまう」危険性もつきまとうと言われる。普通のジョギングなどでも、速く走って負荷をかけ過ぎ、心臓に負担をかけたり、あるいは脱水症状を起こしたりしたらなんにもならない。ブリュッセル自由大学附属エラスムス病院のスポーツ外科学スペシャリスト、ニコラ・ファンデンバルク氏は、「年齢にもよりますが、最大心拍数の70%ぐらいを限度にするのが適当でしょう」とアドバイスしている。また、装備の中でも特に靴には注意し、素材が優れていて足が地面に着く際の衝撃をよく吸収してくれるものを選ぶべきである(サッカーシューズでランニングするなどというのは論外)とも説明する。一方でカティ氏は、例えばブリュッセルハーフマラソンに挑戦したいと思った場合、1年前にはトレーニングをスタートさせるべきであり、よくあることだが数週間前に初めて練習するといったことは全く勧められないと主張している。このあたりはマラソンブームの日本人もよく心しておくべきことではないか。
ところで、上述の2人の医者の見立てでは、ベルギー人が運動に対して徐々にやる気を見せているのに対し、社会的なインフラはその意欲に追い付いていない。「ほとんどの企業がジムを構内に備えていない。本当はお昼に30分間の運動をすると、午後はまた新しい1日が始まるかのようにリフレッシュする(仕事の能率も上がる)のですが」というのはカティ氏の意見。ファンデンバルク氏は、「我が国ではプールがオフィスアワーしか開いていません。アングロサクソン系の国々は進んでいて、朝早く、また夜遅くまでやっているし、コース間にロープが設置されて泳力ごとに泳ぐ場所を譲り合うようになっています。その点ベルギーのプールは、まるで水遊び場みたいな状況です」と直言し、また「この国では若者たちがあるスポーツを始めようと思うと、まずはそのスポーツの基礎を(図式的に、面白くない形で)学ばなければなりません。ドイツやオランダの学校では、スポーツがもっと身近にある(自由にいろいろ試してみることができる)ので、どんどん続けようという気も湧こうというものです」とも述べて、教育現場での問題も指摘する。まあそれでも、ベルギー人がそれなりにスポーツに取り組んでいるというのであればよさそうな気もするが、制度やインフラ面でまだ手を付けられることが数々あるということがここでのポイントなのだろう。