大丈夫か「あたしはニュースキャスター」

1つの国が4つの言語圏から成り立っているスイス連邦。そのことがどのように市民に受け止められているか、日本に住む自分にはなかなか測り難いものがあるが、推測するに、他の言語圏と協調していこうとする気持ちとともに、「よそではどうなっているのか」という関心や比較、あるいは批評のような観点も、常に保たれているのではないか。
そんなことをふと思ったのは、8月13日付の大衆紙『ル・マタン』紙で、ドイツ語圏のテレビニュースについて、フランス語圏の放送と比較しながら批評的なコメントをしている記事に出くわしたからである。同紙は、ドイツ語圏のスイステレビジョン(SF)が、9月6日から12日まで、12歳の少女をニュース番組のキャスターに起用する企画を立てていると伝え、それに対するフランス語圏での反応を報じている(Une fille de 12 ans animera le TJ…, Le Matin, 2009.8.13, p.6.)。
このニュースの出元であるドイツ語紙『ブリック』によれば、今回「大抜擢」されたのは、チューリヒの東10キロのデューベンドルフ市に住む、アンナという少女。午後6時から10分ほど放送されているテレビニュースを、1週間担当することになる。ニュース番組制作に直接参加してもらうことで、子どもがどんなことに興味があり、世界をどのように見ているのか良くわかるのではないか、この試みはそんな発想から生まれたらしい。
ドイツ語圏でのこうしたアイデアに対し、フランス語圏スイステレビ(TSR)の関係者は一様に懐疑的、または批判的だ。ジル・マルシャンTSRテレビ局長は、「ジャーナリストたりえるためには特別なノウハウが必要です。『子どもリポーター』といったコーナーを作る程度ならともかく、子どもが普通のニュースを読むというようなことは思ってみたこともありません」ときっぱり。「SFはニュースで遊んでいるのではないかと危惧しています。これでは「インフォテインメント」、情報番組と娯楽番組の混ぜ合わせです」ヤン・ゲスレル番組審議会長になると見方はより辛辣だ。
ジル・パッシュ放送部長は、「我々は、子ども向けに週1回の情報番組を放送することを現在検討中です」と明かす。NHKの「週刊子どもニュース」のようなものだろう。一方でパッシュ部長は、子どもがニュースを伝えることになると、結果的に殺人事件やテロなどの残虐な映像を、その子どもに見せなければならなくなるのではないかと疑問を呈している。要は「子どもニュース」と「子どもがキャスターを務めるニュース」では天と地ほども異なると言いたいらしい。TSRで午後7時半のメインニュースを担当するキャスター、ダリウス・ロシュバン氏も、教育的意味はあるかもしれないけれど、としつつ、自分の立場が子どもに代わられる(!)ことには反対している。
確かに日本のことを考えても、子どもが普通にニュースキャスターをして、自分がそれを見るなどといったことはなかなかイメージできない。職業体験というのであれば、放送博物館や「キッザニア」みたいなところでやってもらえば良いような気がする。
ただ、『ル・マタン』紙の記事で物足りないのは、フランス語圏からの視点ばかりで、実際に子どもキャスターを実現させようとしているSF側の見解がほとんど示されていないこと。冒頭に書いたように、ドイツ語圏で起こっていることへのフランス語圏からの批評という域を出ていない記事だ。一見無謀に思える試みに敢えて取り組む人々の真意も知りたい。まあそこらが大衆紙の限界と言えるかもしれないし、ドイツ語が読めれば全然問題はないのだろうけれど。