トマト祭りで知る生物多様性

ロワール川沿いの城と言えば人気の観光スポットとして数々知られているところだが、今回登場する「ブールデシエール城」は、日本のガイドブックに掲載されるほど有名ではないようだ。15世紀に成立したルネサンス様式の城ながら、18世紀に大部分が破壊され、19世紀に再建されたという経緯から、歴史的価値の点で他の著名な城に比べて数段劣るという判断が下されているらしい。
トゥールの東約5キロ、現在はシャトーホテルとして運営されているこのブールデシエール城は、実は「トマトフェスティバル」を毎秋開催していることで知名度を上げている。9月8日付の『ラ・クロワ』紙は、このお祭りの趣旨、そしてトマトに賭ける城の持ち主の意気込みなどについて伝えている(La tomate a son festival. La Croix, 2009.9.8, p.15.)。 
トマトは南アメリカ原産で、ヨーロッパへは16世紀にメキシコから移入された。最初は有毒植物とされていたものの、以後数世紀を経て食用として定着。地中海沿岸地方を始めとして全世界に普及し、その過程で種の多様化も進行して、現在では世界で最も飲食に供されている「果実」の一つとして知られる。
トマトフェスティバルの発端は、ルイ−アルベール・ドゥ・ブログリー氏がブールデシエール城を購入した1991年に遡る。彼はまず菜園づくりに着手したが、その主たる目的はトマトを栽培すること、できるだけ多くの種類のトマト、子どもの頃に食べた、味も香りも現在の大量生産品種とは違うトマトを育てることにあった。
当時市場には5、6種のトマトしかなく、しかも味はどれも今一つだったという。ドゥ・ブログリー氏は特徴のあるトマトの品種を探し始めた。次第に収集家や野菜栽培農家の支援を得ることができるようになり、数々の貴重な種子を入手し、1995年には「トマト園」をオープン。その後毎年開かれるようになったお祭りは、今年で11回目を数えるに至っている。
世界のトマトは1万種以上を数えるというが、1ヘクタールほどのこの城の菜園に植えられているのは約630種。あくまで厳選された品種を栽培するという方針を貫いている。「この素晴らしい菜園を見ていただくことで、皆さんには植物の世界の豊かさや、そうした自然の財産が失われつつあることを感じていただくことができます。トマトという果実自体が危機にさらされているわけではありませんが、数千という品種が消滅の危機にあります。食品産業界が、いくつかのハイブリッド種、味が良いというよりも輸送に耐え得るという観点から選ばれた限定的な品種に絞り込んでいるためです」と、ブールデシエール城に貴重な品種を提供している栽培家協会の会長であるラウル・ジャッカン氏は力説する。
フェスティバルで見ることのできるトマトは、ハート型やピーマン型、パイナップル型と形はさまざま、色も香りも多種多様。試食会や料理教室、園芸実習会なども同時開催される。楽しみながらいわゆる「生物多様性」に思いをこらすことのできるこの企画、今年は既に9月12、13日に終了したが、さて参加者の感想はどのようなものだっただろうか。