労働相のとある1日

「誰々さんの1日」という新聞・雑誌記事の類型がある。有名無名を問わず、ある人の人物像を生き生きと伝えたいときに、典型的と思われる日の出来事やエピソードなどを読み物風に記す、洋の東西を問わない記事パターン。今回は11月9日付『ル・パリジャン』紙の別刷り経済版から、「フランスの労働大臣の1日」を拾ってみた(Un jour avec Xavier Darcos. Le Parisien Economie, 2009.11.9, p.24.)。
グザビエ・ダルコス労働大臣(本当は労働・社会関係・家族・連帯・都市大臣なのだが、あまりに長過ぎるので以下労働大臣と表記)は、フランス中部リモージュ生まれの62歳。リセの国語教師やパリ大学(ソルボンヌ)教授を歴任し、45歳で政治の世界に入った変り種だ。2007年から教育相を務め、今年6月23日に労働相に任命された。
労働大臣の公務は、早くも朝7時から始まる。「家族(妻と9歳の息子)との生活を大事にしたいから」との理由で、パリ7区のオフィスの最上階、60平米のアパルトマンに住むダルコス氏。執務を開始すると、早速2件の面談、さらにブリーフィングをこなし、続けてあわただしく車に乗り込む。
8時半には、ベルサイユ近郊にあるプジョーシトロエン(PSA)の生産拠点に到着。経営陣、労働組合代表と、職場のストレス対策について1時間半にわたり懇談する。この問題は今秋、フランス・テレコムで大きく取り上げられて以来、労働行政の一大テーマとなっている。PSAは大企業のなかで最も早く方策を打ち出したいわば優等生。労働相も、フロントランナー、模範的といったことばを並べてその対応を評価する。
次は高齢者雇用に関する会議への出席。これも労使の対立が際立っている分野だが、労働大臣は「(金融・経済)危機後の社会に備えるため、このこと(高齢者雇用)を規制としてではなく、機会と捉えてほしい」と主として経営側に語りかけていた。
午後はまず上院(元老院)への出席。ダルコス氏は自分に直接関係のない質疑のときでも、議会尊重の立場からできるだけ足を運ぶようにしているそうで、ちょっとしたこだわりが感じられる。夕方には年金問題に関する専門会議、そしてフランス民主労働同盟(CFDT)の元委員長との懇談に臨む。年金の会議では複数の改革プランの将来シナリオを検討するが、課題を一挙解決する妙案はなかなか見当たらないようだ。
夜7時からは病院理事長に対する国家功労勲章の授与式。執務室に戻って翌朝のテレビインタビューの想定問答を確認し、40分ほどリハーサルを繰り返す。その後在仏イギリス大使との夕食会もあり、就寝は早くて12時頃だとのこと。年齢や責任の重さを考えると、やはり相当の激務と言えるだろう。
そんなダルコス氏の数少ない息抜きが、その日に見聞きしたことを書き留めておくこと。かつて国語教師だった彼にとっては、精神衛生のために行う日々のエクササイズといったところらしい。いずれ政治家を退く時には、それまでの記録をまとめて『現代異端概説』という書名の本を出版し、政治の偽善性を暴くのだという。「交渉の促進役」として政府内の評価が高いダルコス氏だが、学問への想い、そして自己韜晦は失われていないようだ。さて、この本が世に問われるのはいつのことになるのだろうか。