「説明する、釈明はしない」

スイスの国民投票におけるミナレットイスラム寺院の尖塔)新設禁止措置案の可決については、日本の新聞でもそれなりに取り上げられているし、極めて根が深く、今後の影響も大きいと思われるテーマをここで掘り下げる余裕もない。ただ、12月5日付『トリビューン・ドゥ・ジュネーブ』紙に掲載された、本件に関するスイス政府の対応に関する記事の内容だけを紹介しておくことにする(La Suisse dialoguera, mais ne s’excusera pas. Tribune de Geneve, 2009.12.5, p.6.)。
日曜日(11月29日)に行われた国民投票の結果に関し、ハンス−ルドルフ・メルツ大統領は金曜午後、エヴェリン・ヴィトマー−シュルンプフ法務・警察大臣が、今月中にもスイス国内のイスラム・コミュニティの代表者とこの件について話し合いを行う予定であると表明した。また同時にスイス政府として、イスラム諸国を中心とする諸外国と対話を続けていくとも述べている。既にミシュリーヌ・カルミー−レイ外務大臣がトルコの外相と電話会談を実施しており、大統領自身も、今春会談の機会があったサウジ・アラビア国王に自ら電話をするつもりだとしている。
大統領は、この国民投票の結果はミナレットの新設を認めないという点だけにかかっているのであって、決してイスラム教徒やその文化・宗教全般に敵対するような内容を持つものではないことを、ぜひ関係者に理解してもらいたいとの見解を示した。同時に、「我々は、今回の決定がスイス民主主義の標準にのっとったものだということを説明していく。ただ、釈明をするつもりはない」とも明言している。
もともと本措置案に反対の姿勢を示していたスイス政府(『読売新聞』2009年12月1日)であっても、国民投票という正当な意思決定過程を経て決められた内容について、例えば謝罪といった態度を示すわけにはいくまい。一方、今回の決定にイスラムに敵対する要素はないとする説明にはかなり無理があり、そのあたりに政府の苦悩が凝縮されているような気がする。
なお、カルミー−レイ外相は『ル・モンド』紙のインタビューで、今回の国民投票での決定には、ヨーロッパ全体に共通するイスラム社会に対する反応のほかに、リビアとのあつれき(スイスがカダフィ大佐の息子を暴行容疑で逮捕し、リビアが報復としてスイス人2名を人質に取った件が後を引いているとする考え方)や、銀行の高度な守秘姿勢に対する国際社会からの批判といった、スイス固有の事情も背景にあると述べている。文明の衝突の一事象として今回の問題を扱うのもそこそこ妥当ではあろうが、一方で国ごとの状況や個別の事件をめぐる経緯にも、できるだけ目をこらすようにしておきたい。