オーケストラの給料事情

クリスティアン・ツァハリアス指揮、ローザンヌ室内管弦楽団」と言えば、ジュネーブに本拠を置くスイス・ロマンド管弦楽団とともに、フランス語圏スイスの二大オーケストラ。2000年にツァハリアス氏が芸術監督に就任して以降、広く実力が評価されるようになり、2008年のラ・フォル・ジュルネでは来日も果たしている。そんな楽団で最近、景気低迷に由来する財政難が嵩じ、再生計画をめぐる紛争が理事長辞任に発展と、大荒れの状況が発生。今後の展開はまだ予断を許さないが、12月8日付のスイス『ル・タン』紙はさしあたり、辞任した理事長が楽団員の給与水準を暴露したことをめぐるいざこざに焦点を当てて、このトラブルを報道している(A l’OCL, quels salaires pour les musiciens? Le Temps, 2009.12.8, p.29.)。
記事によれば、オリヴィエ・ヴェレイ理事長は辞任に当たり、「経営危機に直面しているのだから、オーケストラのメンバーは、来年少しだけ減給になるとは言え、もっと待遇見直しを受け入れて然るべきだ。彼らはヨーロッパのなかでも高給取りの部類に入る」と述べた。彼が公開したメンバーの給与水準も新聞に掲載されている。これに対し、楽団員総会議長でファゴット奏者のフランソワ・ディンケル氏は、「理事長は我々を泥まみれにしようというのか。給与額を白日の下にさらすというのは、不適切かつ屈辱的だ」と猛烈に反発している。
 管弦楽団は近年、公共ラジオ放送とのパートナーシップ契約の打ち切り、ヴォー州からの補助の減少により、深刻な財政不安に見舞われている。予算額1,000万スイスフラン(1スイスフランは約85円)のオーケストラで赤字が100万スイスフランまで膨らんだというのだから、状況の悪化は明白だろう。今年、ヴェレイ理事長は再生計画の策定に乗り出し、ローザンヌ市や周辺の郡などの自治体に対し一層の補助を要請するとともに、来年1年間に限り、楽団員の給与を2%引き下げることが決まった。しかしオケのメンバーたちは2%減給にも激しく反対。ヴェレイ氏によれば、彼らはパトリック・ペケール事務局長に圧力をかけ、それもあってペケール氏は辞意を漏らしているという。
では、ヴェレイ氏が言うように、当楽団は本当に「高給取り」の集団なのだろうか?『ル・タン』紙による常勤楽団員の税込み月給に関する取材結果は以下の通り。
ローザンヌ室内管弦楽団5,843〜9,335スイスフラン(約50〜80万円)。年功序列制。ソリストには843〜1,686スイスフランの追加手当あり。
スイス・ロマンド管弦楽団6,660〜10,000スイスフラン(約57〜85万円)。情報源は楽団のスティーヴ・ロジェ事務局長。
フランス放送フィルハーモニー管弦楽団ソリストの最高額で7,800スイスフラン(約66万円)。情報源は絶対匿名希望の同フィル元団員。
結局、ローザンヌはスイス国内で突出しているわけではないが、フランスの名門オーケストラより給与がかなり高いとは言えるらしい(しかし事例がたった3つでは正確なところはわからないけれど。ドイツ語圏スイスのデータとか入らなかったのかな?)。
ただ敢えて言えば(ヴェレイ理事長の主張にやや近いかもしれないが)、楽団員はいまや、給料が減るとかいうよりも、自分の職場そのものの存続危機に遭遇しているのではないだろうか。ヴェレイ氏は辞任と同時に、自らの管理下にあった基金からの多額の出資を引き上げるという。当面は公共部門からの支援で凌ぐとしても、ポスト・ヴェレイの新経営体制を早く打ち立てなければ、早晩運営が行き詰まる可能性もないとは言えないように思う。ローザンヌが世界に誇る管弦楽団、その真の再生に向けて歩みが始まるよう願いたい。