ナショナルブランド・ビール、その歴史といま

フランスでビールが占める位置はけっこう微妙である。カフェやレストランでの飲み物としては手軽で悪くないのだが、いかんせんワイン大国だけあって影が薄くなりがち。1人当たりのビール消費量は、ヨーロッパではイタリアに次ぐ低水準。地ビールも北部や東部で多少出ている程度(『ヨーロッパ・カルチャーガイド(4)フランス』トラベルジャーナル、1999、212〜215頁参照)で、ドイツやベルギーのような面白味はほとんどない。
それでビール、特にフランスのビールを注文しようとすると、たいていの場合「クローネンブール」か「1664」、どちらかのブランドになる。実はこの両ブランドは同一会社の商品なので、国産ビール市場はいわば独占に近い状態にあるわけ。3月15日付の『ル・パリジャン』紙の経済面は、フランスをほぼ完全に代表するこのブランドの歴史と現状を伝え、将来を展望している(Kronenbourg innove pour rester numéro un en France. La Parisien Economie, 2010.3.15, pp.8-9.)。
1664年にストラスブールで、ジェローム・ハットという樽職人兼醸造商がビール製造を始めたのが当ブランドの起源。1850年には近傍のクローネンブールに工場を移し、以後工場を増設するなどして今日まで発展を続けてきた。「クローネンブール」「1664」というブランド名はこの歴史を直接示す名前であり、約350年という企業の歴史の重みも物語っている。
ただ、近年の業績は決して満足のいくものではない。上記のようにただでさえ大きくないビール市場は、過去30年間ほぼ一貫して縮小傾向にあり、2008年の同社売上高8億2,900万ユーロは、2004年に比べて7%も低下している。さらに業界再編にさらされて1970年にはダノンのグループ入りし、2008年にはデンマークのビール、カールスバーグの子会社になった。新たに着任したトマス・アムストゥッツ社長は、配送部門の外部化、生産拠点の集約とそれに伴う人員削減などを打ち出し、経営再建を果たそうとしている。
クローネンブールの経営で今後の鍵となるのは、ありがちなワーディングだがやはり「伝統と革新」。アムストゥッツ社長は3世紀以上にわたる歴史を同社の最大の強味として挙げ、「これほど歴史のあるブランドの下で働けることを非常に魅力的に思います」と語る。また一方では、伝統にとらわれることのない新たな展開も目標とされる。今年に入って「セレクション」という高級感を売りにする新銘柄を打ち出し、今までとは異なる顧客層にも攻勢をかける由。
こんな話を聞いてから、またカフェでクローネンブールを注いでもらうと、さて、前とは少し違う味わいがするだろうか。