国立図書館蔵書デジタル化の今、これから

近頃は電子書籍だケータイ読書だなどといろいろかまびすしいが、主として米国発の書籍デジタル化の潮流は、読書をめぐる環境に相当の影響を与えずにはおかないだろう。最近の動きは大きく分けて、新しく刊行される「出版物」がデジタルの形を取っている場合と、既存の図書を今後デジタル化する場合の2つに分かれていて、後者を担うのは国立図書館や大規模な大学図書館。5月6日付『ラ・クロワ』紙は見開き特集記事で、世界でも屈指の蔵書数を誇るフランス国立図書館BNF)におけるデジタル化の動向を詳しく報じている(La bibliothèque nationale de France face à la numérisation. La Croix, 2010.5.6, pp.14-15.)。
2007年にBNFは、文学、言語、歴史、法学等の分野を中心に30万件の文献のデジタル化を3年間で実施する契約を、情報管理サービス企業であるサフィグ社と締結した。契約金額は1,000万ユーロ超。量の面でも金額の面でも、BNFがそれまでとは根本的に異なる大規模なデジタル化に踏み切ったことを内外に示す出来事だった。
実際にデジタル化作業が行われているのは、パリから南に250キロほど離れたアンドル県ラ・シャトル村。ここに毎週火曜日に運び込まれる文献は、まずスキャンされ、さらに利用を容易にするため画像の微調整を施される。保存価値が低いとみなされた資料は装丁を剥がされた上で自動スキャンの対象になり、その他は作業員が1ページずつめくって画像撮影していく。スキャンも画像調整も比較的単調な作業であり、しかも1人が同時に3台のパソコンを相手に仕事するような状況。労働環境は決して良いとは言えないが、失業率の高い農村部に持ち込まれた働き口に文句を言う者は少ないらしい。
ラ・シャトル村での4週間の作業を経てファイル化された文献は、次になんと海を越え、マダガスカルモーリシャスに送られる。ここでは900人の作業員が、それぞれの書籍ファイルの整理、さらに文字読み取り機を使用したテキスト化に従事している。もちろん、読み取り機で判別不能だった部分については人手での入力が必要になるが、外国とは言えどフランス語圏ゆえ、作業員は特段の不自由はしないようだ。ここで2週間、合計6週間で書籍のデジタル化が完成し、BNF本部に戻される。
デジタル化された資料は、いわゆる「電子図書館」に収納される。BNFが運営する電子図書館ガリカ」では、今年2月に収蔵資料が100万件に達した。そのかなりの部分は新聞雑誌を電子化したもの(約69万件)で、図書は約12万件。全体の4割の資料がテキスト化もされていて、検索が容易になっているのが大きな特徴らしい。
電子図書館を今後どのように展開していくかについては、BNF関係者の中でも見解の相違がある。対立の核は、米グーグル社との関係をどうすべきかという点。BNF現館長のブルーノ・ラシーヌ氏が積極提携派と見られているのに対し、前館長ジャン−ノエル・ジャンヌネー氏は慎重派の論陣を張っている。
BNFがグーグル社との提携交渉を水面下で進めていることが明らかになった昨夏は、かなり沸騰した議論が見られた。慎重派の人々が、グーグル社にデジタル化を任せてしまえば、利益優先で作業の質は二の次、しかも成果が営利目的に利用されてしまうのではないかと危惧。その後年末には、提携内容をファイル単位のやり取り程度にとどめること、引き続き政府予算から7億5,000万ユーロ(うちBNFへの割り当ては1億4,000万ユーロ)の電子化費用を支出することなどが方針として決まり、一見すると着地点が明らかになったようではある。
しかし、ラシーヌ氏は「BNFとグーグル社の共通電子化プラットフォーム」なる構想を打ち出すなど、なお積極的な姿勢を取り続けており、対するジャンヌネー氏も警戒怠りなしといった具合で、今後の展開はまだ予断を許さない。また容易に想像できるように、この件はグーグル社という米国資本とフランス文化政策の一大拠点との関係の在り方という、ナショナリスティックな反応を呼び込みやすいテーマとしてとらえられてしまっている。BNFの図書蔵書数1,500万冊と比較すれば、現在までに電子化されているのはごくわずか。出版界や書店等の利害も絡み、今後さらに一層複雑な様相を呈する可能性も高そうだ。
ちなみに、ジャンヌネー氏がこの件について論じた図書には邦訳がある(『Googleとの闘い』岩波書店)が、同時期にラシーヌ氏が出した著書『グーグルと新しい世界』は翻訳なし。バランスの意味ではどちらも読んでおいた方がBNFの内情がよりよくわかるのではないか。