25周年、一層の発展を期す写真美術館

写真専門の美術館というと、とりあえず恵比寿の東京都写真美術館(1990年プレオープン)が思い浮かぶが、媒体の美術性が認められたのが最近であるためだろう、施設の歴史は全体に浅いようだ。ローザンヌにあるエリゼ写真美術館も1985年オープンなので、いわば草創期からの施設ということになる。6月17日付の『ヴァンキャトルール』紙は、写真一筋でやってきたこの美術館の四半世紀を振り返る大きな記事を掲載している(Un quart de siècle et une fête pour l’Elysée. 24 Heures, 2010.6.17, pp.36-37.)。
ローザンヌ中央駅とレマン湖の中間に位置する同館は、エリゼ通りに面しているためこの名がある(パリのエリゼー宮等とは直接には無関係)。『地球の歩き方 スイス』にも掲載されているから、スイス旅行する日本人にも多少は知られたスポット。もともとは18世紀末に建てられた私邸で、1971年に州が買い取り、1980年から1985年までは州立版画館として利用されていた。写真美術館の初代館長に就任したシャルル−アンリ・ファヴロ氏が、開館記念で4種の特別展を企画したところ、写真の展示というイメージがあまり定着していなかったこともあり、当時のヴォー州参事会教育担当参事ピエール・セヴェイ氏が「このあと展示するものがあるんですか」と心配したとの逸話が残っている。1986年は夏期に「フォト・ナイト」というイベントを実施。美術館の庭で展示や上映、トークなどを展開して人気を博し、現在まで続く恒例企画となった。
その後、旅行写真家・作家であるエラ・ミヤール女史による膨大なネガの寄贈、ポラロイド社所蔵写真の寄託など、コレクションは順調に拡大。一方1996年には、同館関係者による公金横領事件などを背景に、館長がファヴロ氏からウィリアム・ユーイング氏に交代するという出来事もあった。新館長のもとでは出版物の充実といった新たな取組みも見られ、重要な写真群の収蔵、同時多発テロ事件直後に実施した企画展「ニューヨーク・アフター・ニューヨーク」の成功などが続いた。
同じスイスのドイツ語圏にあるヴィンタートゥール写真美術館長のウルス・スターヘル氏は、今日までのエリゼ写真美術館の軌跡は、ファヴロ氏とユーイング氏という2人の館長の性格を反映する形で、大きく二分できるのではないかと述べている。ファヴロ館長の時代はフォトルポルタージュに重点が置かれ、芸術としての写真という観点は比較的弱かった、他方ユーイング館長になると、芸術写真の分野が重視される一方で、国際性にシフトしスイスらしさが希薄になったのではないかという指摘。岡目八目というか、なかなか興味深い見立てだ。
さて、25周年を迎えた同美術館では、新たにサム・ストゥルジェ氏を三代目館長として迎えている。新館長はまず、前のユーイング館長が着手した世界中の新進気鋭の写真家を集合させる企画展「リジェネレーション」の第2弾を実施するとともに、アメリカ、南アフリカ、中国などに巡回させる予定。一方ラコステを新たなスポンサーに付けて、若手を奨励するためのコンテストを企画した。毎年12人に3,000スイスフラン、優勝者には2万スイスフランを贈呈するという力の入れようで、ストゥルジェ館長が写真界の若手発掘に重点を置いていることがうかがえる。
また、新館長には大きなプロジェクトも待ち受けている。州立美術館をローザンヌ中央駅そばの操車場跡地に移転する(当ブログ2009年10月17日既報)のにあわせて、現代デザイン・応用芸術美術館(MUDOC)とこの写真美術館をその傍に集めようというプラン。州議会の委員会では既にこのプランの調査費として1,387万スイスフランを計上する議案を可決しており、本会議での採決待ちという状態にある。3つの美術館を統合でなく隣接させることで、シナジー効果を狙おうというこのプロジェクト。ストゥルジェ氏は、「私はこのアイディアを強く支持しています。当館にとって魅力的な挑戦になると思います。というのも、1足す1足す1を3ではなく、それ以上にしようというのですから」と、自らの意思を明言している。
一方重荷になりそうなのが、上にも書いたポラロイド社による寄託写真のゆくえ。ポラロイド社が少なくともコレクションの一部を引き揚げ、競売に付すことがすでに決まってしまった。美術館は残った写真群について、少なくとも散逸はさせないこと、できれば引き続き同館に置いてもらうことの2点を目標に交渉を続けているが、新館長によればそのために必要な資金はまだ100万ドル単位で不足しており、展望は厳しいらしい。
未来予想図は明るいだけでなくまた暗いばかりでもないが、少なくとも近い将来、ローザンヌ駅そばに一大美術ゾーンが誕生する可能性は高そうだ。列車で移動する旅行客にとってのアクセスも絶好。ますます楽しみなプロジェクトと言えそうである。