年金制度改革、今後も残る課題

エリック・ヴォルト労働相主導の下、6月16日に提出されたフランスの年金改革法案は、9月15日に下院(国民議会)を通過した後、10月22日にはついに上院(元老院)で可決された。これをもって、学生なども巻き込んだ大規模デモとストライキが展開される一大社会問題となっていた年金制度の改革は、その最大の山を越えたことになる。受給開始年齢の60歳から62歳への引き上げを軸とし、国家財政の再建のために必須の施策と考えられてきた年金改革(参考:『産経新聞』10月20日、『日本経済新聞』11月10日夕刊)。しかし、これにて一件落着となり、安定的で持続可能な年金制度が確立したと言えるのか?10月28日付の『ラ・クロワ』紙は、「改革」の実行にもかかわらず、引き続き年金が直面することになるであろう課題を4点にまとめて指摘している(Les quatre inconnues de la réforme des retraites. La Croix, 2010.10.28, pp.2-3.)。複雑な内容も多いが、ここでポイントを整理しておきたい。
まず1つ目は、「(改革されるとはいえ)これで年金制度を今後とも維持できるのか?」という点。今年300億ユーロの赤字が予想されている現行の年金の仕組みを変えることで、2018年には収支均衡に持ち込むというのが政府の構想だが、達成できるかは不透明だ。楽観的な経済見通しを試算の根拠としているため、予想どおりに行かなければすぐにプランそのものの実現が危ぶまれる。失業率の悪化、予測より低い経済成長率といった事態が生じた場合、「年金監視委員会」という組織が新たな方策を検討することが予定されているが、この結果、現在想定しているよりも年金受給がさらに切り下げられることもあり得る。
しかも、今回の改革で目処がたったのは、あくまで2020年ぐらいまでの「短期的」な制度維持であって、それ以上の「中長期的」なサステイナビリティについては保証の限りでない。長期的には少子高齢化の影響がさらに深刻になり、現役世代と退職者とのバランスを既存のシステム内で図ることはほぼ不可能になる。実際、勤続年数をベースにしたこれまでの年金支給の仕組みを部分的に変更するような一段と抜本的な改革を目指し、2018年頃までにはある程度検討を進めておくべきとする指摘も今の時点で既になされている。そしてそのような抜本改革のもとで、年金が現状よりさらに減額される可能性を否定することはできないだろう。
次に問題となるのは、「年金受給開始年齢を引き上げることで、人々は今より長い期間働くようになるのか?」。確かに受給開始は60歳から62歳に、満額受給保証年齢は65歳から67歳にそれぞれ引き上げられるが、だからといって皆がその分余計に働くという見通しは必ずしもない。そもそもフランスは、55歳から64歳までの就業率が38.9%と、ヨーロッパでも最低水準。政府では2003年以降、シニア層任期付雇用制度など、高齢者の就労を増やすための対策を打ち出してきているが、効果が上がっていると言えないのが現状である。早期退職がライフスタイルとして定着しているこの国の雰囲気が急激に変わることは考えにくいのではないか(参考:江口隆裕「フランスの年金制度」『年金と経済』2010年1月)。
3つ目のポイントは前の問題とも関連するが、「年金受給額のレベルは維持されるのか?」ということ。サルコジ大統領はこの1月、「(今回の改革で)年金の水準を下げることだけはしません」と断言している。単に支給額だけとればその通りかもしれない。しかし、改革によって受給開始年齢が62歳になるということは、これまで62歳からの受給者が得られたはずの給付率が、今後同じ年齢では維持されないということではないか。しかも今回の改革のなかには、満額年金を得るために必要な拠出期間を、現行の41年から41.5年に引き上げるという内容も含まれているので、多くの人が拠出期間不足のために年金減となる可能性もある。昔に比べ就学期間が一般に長くなる傾向にあり、かつ若者層の失業率が極めて高いという社会的な背景も考慮すると、最終的に年金の水準が下がる事例の方がはるかに多いのではと思えてしまう。
最後の論点は「改革によって不平等がむしろ増大するのではないか?」。もちろん政府は、今回導入する施策によって、年金受給世代と現役世代、高齢者と若者の間の平等化を図るという考え方に立っている。しかし労働組合や学生などからすれば、前述のような就学期間の長期化、若者の失業率の高止まりといった状況により、将来受け取る年金の水準が下がってしまうのではという疑念は拭えない。また、現在の満額受給保証年齢である65歳から受給を受けるケースが多い女性の場合、その年齢が2歳上がってしまうことの影響を直接かぶってしまうことになる。まあこのあたりの見解の相違は政府側と反対派の立場の違いを反映したもので、議論が噛み合うことは決してないだろうが、国民一般に不満と不安を抱かせやすいポイントではある。
法案が議会で可決成立し、また折しも秋のバカンス(万聖節近辺の連続休暇)のタイミングとも重なって、年金をめぐる社会的な騒乱は多少とも沈静化しつつあるように見える。しかし、独立組合全国連合(UNSA)のアラン・オリーヴ書記長が『ラ・クロワ』紙のインタビューに答えて指摘するように、今回の「改革」が提起した問題はそのまま残り、またそうした問題に対する社会的批判もくすぶり続ける。年金制度が今後ずっとうまくいくとは到底思えないなかで、転機を迎えるごとに、沈潜していた批判、非難のマグマが爆発するような展開が今後も待ち受けているのではないか。逆に少し皮肉気味に言えば、そのようにしてしか年金制度自体が生き残っていけないもののようにも思えるのだが。