葡萄畑を買う、ということ

日本のワイン愛好者で、甲州や信州のぶどう畑を所有し、自らワイン製造もしているといった人はどのくらいいるのだろうか。もしもフランスであれば、ワイン好きが嵩じて、自分で納得のいくワインを作ってみたくなるある種の好事家が数多くいても不思議ではないだろう。ただ言えるのは、土地を手に入れ、ワイン造りを始められるのは相当のお金持ちだけで、しかも成功を収めるのは非常に難しいということ。11月10日付のベルギー『ル・ソワール』紙不動産特集版では、投資対象として、そしてなにより夢の実現のために隣国フランスのぶどう畑を買うことのロマンと現実についてレポートしている(Vigneron en France: une opération juteuse? Le Soir Immo, 2010.11.10, p.5.)。
写真集『フランスにあるベルギー人の葡萄畑』の著者、エティエンヌ・ファン・ステーンベルヘ氏によれば、ベルギー出身でフランスに畑を持っているのは100人程度。その中には、ボルドーサンテミリオン地区で最高ランクの格付けを誇るシャトー・シュヴァル・ブランを、ベルナール・アルノー氏(ルイ・ヴィトン・モエ・エ・ヘネシー社長)と共同所有する金融家アルベール・フレール氏、グラーヴ地区のこれまた格付けシャトー、マラルティック・ラグラヴィエールを買収したアルフレッド−アレクサンドル・ボニー氏などの大立者も含まれる。しかしもちろん、よほどの富豪でもないと、格付けされた土地はもちろん、いわゆるAOCワインを産出する畑もはるか高嶺の花だ。
畑の価格は土地の質などによって大きく異なり、ごく安いテーブルワイン向けのぶどうくらいしか取れない畑でも1ヘクタール当たり約9,000ユーロ。AOCワインがほしいと思えば土地の値段は同じ広さで10万ユーロかそれ以上する。フランスでの取引の平均は15ヘクタールで50万ユーロといったところらしい。こんな買い物はやはり普通のサラリーマンなどには無理で、相当の資産家限定ということになる。
フランスでぶどう畑を購入するためには、専門の不動産業者とコンタクトを取ることになる。もっとも、ただ札束を積めばよいというものではなく、それぞれの地域圏に設置され土地の先買権を有する公営企業、土地整備農村建設公社(SAFER)と接触して取引に関する了承を得ておかなければならない。さらに、ぶどう生産に適する土地が売買の対象になること自体、それほど頻繁ではないということも留意しておくべきだろう。
さて、充分な資金を元手にし、かつ周到な手順を踏んだ上で運良く望む畑を手に入れたとして、その先いったいどうすべきか。一番手っ取り早いのはぶどう栽培協同組合に加入することだが、これでは人任せになる部分も多く、ワインを愛するが故に葡萄畑を目指した情熱家には物足りなさそう。一方その対極には、ぶどう栽培からワインの生産、販売まで全部自ら手がけるという道もあるけれど、あまりに難易度が高く初心者にはとても実現できるものでない。
結局、おすすめは中庸ということで、特定のドメーヌなどを取得するための共同出資の実施。共有になった土地は、栽培や流通販売のノウハウを持つその道のベテランに長期で貸し付けることにすれば、失敗も比較的少なくなる。ただそれでも、ぶどう栽培やワイン造りに少しでも自分でかかわりたいのなら、最初はボランティア体験からスタートし、さらに技術的な知識を充分身につける必要があるのは当然だろう。
ぶどう畑を手に入れる人たちが抱える夢はさまざま。モンペリエでこの種の投資を斡旋しているミシェル・ヴェルヴィエ氏によれば、ワインの卸売まで手掛け、現在経営している会社の業容拡大に役立てたいといった、いわば商売熱心なタイプもいれば、生きるスタイルを変えたい、早期退職して新しいことに取組みたいという人生追求型の御仁もいる由。ただベルギー人によるこの種のチャレンジにほぼ共通しているのは、ボルドー、ラングドック−ルシヨン、ロワール、コート・デュ・ローヌといったフランス中部から南部方面の土地を目指すこと。やはりヨーロッパでも北寄りの住民としては、陽光溢れる南への憧憬がモチベーションの大きな一部をなしているわけだ。
単なる投資対象としてぶどう畑を見ると、最低でも15年は所有し、維持管理していかないと元が取れないと言われる。夢と情熱をもって出資に踏み切るにしても、とりあえず破綻しなければ御の字という見立てすらする者もあり、熟慮の上の投資、日常的な維持管理のための努力、流通販売面の工夫、さらに天候といった制御不能な部分まで条件が整わないと、収益を上げることはおぼつかないようだ。ただそれでも、「そこにぶどうがあるから、ワインがあるから」と、憧れを心の支えに前進する人は少なくない。たとえそれがリッチな人々だけに関係する話だとしても。