存在意義を問われる対外広報組織

パブリック・ディプロマシー」という用語が(専門語ではあっても)ある種流行りになっていることからもわかるように、世界各国がそれぞれの対外イメージを改善、向上させるための広報戦略に意を用いる傾向は確実に強まっている。スイスでも専門組織「プレゼンス・スイス」(PRS)を設置して、この方面の活動を展開しているが、実は問題点も少なくないようだ。12月2日付『ヴァンキャトルール』紙は、11年前に設立された同組織の歩みと現状、さらに将来にわたる期待と課題などについてレポートしている(Les vendeurs de Suisse. 24 heures, 2010.12.2, p.9.)。
PRSではこの度トップの交代があり、設立以来所長を務めてきたジョアンヌ・マチャーシー氏に代わって、前文化庁映画部長で外交官経験もあるニコラ・ビドー氏が新たに赴任した。そもそも1999年に、それまでの対外広報調整委員会を強化する形でこの組織が置かれた背景には、ユダヤ人からナチスが没収した資産がスイスの銀行口座にそのまま隠されているという歴史的疑惑が当時浮上し、秘密厳守を売りにしてきたスイスの銀行、ひいては国自体に対する批判的な目が世界中から注がれたという国家的スキャンダルがある。傷ついたスイスのイメージを回復するためにPRSが活動を始めてからも、スイス航空の破綻、サブプライム問題に端を発する巨大金融グループUBSの経営危機、スイス国内の金融市場に対する批判、また記憶に新しいところでは、ミナレットの新設禁止の国民投票可決に代表されるイスラムへの排外主義的な動きなど、スイスのイメージ上マイナスに作用しかねない事件や現象は少なくなかった。マイナスイメージを最小限に食い止め、逆に良い印象を売り込むために、PRSはこれまで様々な活動を続けてきた。
駐アルゼンチン大使に転出予定のマーチャーシー氏自身は、かなりの長きにわたった任務とその実績について、それなりに満足しているようだ。ミナレット関連の国民投票について、「投票日、開票日よりかなり以前からイスラム諸国に対して広報活動を行ったことで、事態の鎮静化に資するところが大きかったと思います」と自負。重点広報対象である米国に対しては、「連邦議員や議会関係者といったオピニオンリーダー招聘を実施し、金融市場の現状についてプレゼンしました。また駐米大使も情報分野で相当貢献してくれました」と実績を誇示している。オピニオンリーダー招聘は対外広報戦略の常套手段であるから、まずはやれることをきちんとやったというところか。マイナスイメージを生じるような事件が起こってから広報に走っても手遅れになる可能性が高いという認識を持ち、「平時にも確実に活動を続けていく必要がありました」とも述べている。そして象徴的に優れた広報効果を持った取組みとして、上海万博のスイス館、バンクーバーオリンピック時のスイス・ハウスの設置の2つを挙げた。
一方で、PRSの組織や活動については、国内で賛否両論が絶えない。一番の論点は、同組織の業務が他の機関と重複しているのではないかということ。スイス通商促進センター(民間の組織)、スイス・ツーリズム(公的企業)、プロ・ヘルヴェティア(政府出資の文化財団)といった、それぞれ別の省に関係する組織が並立し、2009年から連邦外務省官房の直属機関となったPRSと共に、何らかの形で対外広報を実施している。右派政党であるスイス国民党は、PRSがそもそも(イメージの)表面の塗り替え程度のことしかやっておらず、国家的課題の解決に役立たないとして、同組織の廃止を主張。他方社会党からは、アンドレア・グロス国民議会(下院)議員の「PRSは世界にスイスのことを理解してもらうには欠かすことができない存在」という発言に見られるような反論が出ている。急進自由党のマルティヌ・ブランシュウィッグ・グラフ氏も、「PRSを叩くべきではなく、この組織を有効に利用できているかを問うべきだ」と、割合肯定的な立場だ。
もう一つ、PRSが主に広報すべき内容についても議論は多い。シンクタンクの所長を務めるグザヴィエ・コンテス氏は、アーミーナイフとチョコレートという固定観念に捉われている外国の若者を主なターゲットにして、この国に新しいイメージを持ってもらうための対外広報が必要であるとし、具体的には豊かな自然環境と高度な科学技術が両立する「ハイジランド=ハイテクランド」というイメージを提唱する。また、ヨーデル演奏を中心とする小イベントを数多く積み上げるのでなく、例えばスイス出身のロジャー・フェデラー選手をメインゲストに据えた「エクセレント・スイス展」といったものを華々しくぶち上げた方がよほど効果的だという意見(現状のPRSのあり方への強い疑念)も見られる。
新所長であるビドー氏もこれらの論争は十分意識しており、さしあたり広報の焦点をスイスが国際的に先端を歩んでいる分野、例えばクリーンテクノロジーなどに集中させる方針のようだ。他方で、PRSの存在や活動、その役割に関するイメージを、スイス国内において明確化させる方向を打ち出している。上記の批判(他機関との機能重複)に対応して、PRSに固有の意義を示すのがその主な目的と思われるが、8,240万スイスフラン(約70億円)の年間予算を抱える存在だけに、やはり説明責任をこの際きちんと果たしておくべきということなのだろう。