外科医が医療制度改革を批判

医療費の全般的高騰、少子高齢化の進展によって増加する高齢者医療費、社会保障財政の悪化など、医療経済をめぐる問題は日本で深刻に受け止められるようになって久しいが、かといってその抜本的な対策が見出せないだけに悩みは深いところ。程度の差こそあれど、フランスでも事情は似たもののようで、4月24日付『ジュルナル・デュ・ディマンシュ』紙では、外科医へのインタビューの形で、現在のフランス国内において医療が抱える社会的な問題点を示している(≪Être malade va devenir un luxe≫. Le Journal du Dimanche, 2011.4.24, p.12.)。
パリ市内のラリボワジエール病院の整形外科部長であるローラン・セデル氏は、最近「患者を救え!」というタイトルの本をアルバン・ミシェル社から刊行し、広く注目を集めている。彼の主張の要点は、近年継続的に行われている医療制度改革の展開によって、公立病院の運営が危機に瀕しているというもの。特に2009年に成立した医療制度改革法によって、その傾向がいよいよ強まっていると指摘している。
医療制度改革法(HPST)は、成立当時の厚生大臣の名前を取って「バシュロ法」とも呼ばれ、包括的な内容を含む法律になっているが、その中に、個々の病院の経営を管理する病院長の権限強化に関する規定などが盛り込まれている(参考:鈴木尊紘「フランス:医療制度の大改革法の制定」『海外の立法』2009年11月)。セデル氏が危惧しているのは、この法律制定を含む一連の改革が、公立病院に企業会計的な原理を過度に持ち込むのではないかということ。こうした流れはサルコジ大統領が社会全般について推し進めているプライヴァティゼーション(民営化、市場原理の導入)政策と軌を一にしたものとなっている。それだけに、フランス国内の公立病院に対して、企業経営指向の改革トレンドが急速に影響力を持つようになるのではないかとの心配が、少なくない数の医者たちに共有されているようだ。
セデル部長が具体例として挙げる懸念は、例えば手術に関するもの。民間の病院やクリニックが比較的ルーティン化された手術を数多くこなすことで、件数に見合った収入を得るのに対し、公立病院は、複雑な要素が絡んだ手術、救患、また社会保障制度からこぼれた貧困層の患者への対応、研修医の教育などに全て関わらなければならず、結果として手術実施に際するコストの面では民間に遠く及ばないこととなる。経営重視の観点からすれば、公立病院はクリニックよりはるかに業績が悪いという結果が数字になって残ってしまうわけだ。
一方でセデル氏は、看護師をめぐる事情についても不満を漏らす。特に麻酔の技術を有し、手術室での作業に従事できる各病院雇用の看護師が不足しているとされ、有期契約の看護師を手配して日々のオペを実施することにより、費用がはるかにかさむ状況に陥っているという。
このままでは公立病院が淘汰され、民間分野でもっぱら病気の治療を受けたり入院したりすることになって、人々の医療事情が全般的に極めて悪化するというのがセデル部長の主張だが、一方で疾病対策を含む社会保障財政が、フランスで(あるいは日本においても)ますます均衡を欠く状態になっていることは事実であり、費用面を考慮しない医療を今後維持していくことは難しいだろう。社会保障分野は細かい制度に重要な論点が含まれていることが多く、真の問題点をつかむのはなかなか容易ではないが、生きていく上で病院のお世話にならないわけにはいかない以上、今後もよく勉強して理解を深めるように努めたいと思う。