ミッテラン元大統領の日常的な食生活とは

今年はミッテラン社会党政権が誕生して30年という記念の年にあたるため、フランスの各メディアにはミッテラン元大統領を回顧する企画が多数登場している。もちろんその中身は、現在の政治状況と比較しつつ30年という歴史の流れを論じるものから、かなり軽めな内容のものまでさまざま。5月13日付の週刊『VSD』誌は軟派志向の方ということで、大統領の日頃の食生活を、当時の料理人への取材によって明らかにしている(Les maîtres queux de Mitterrand. VSD, 2011.5.13, pp.64-67.)。
フランス大統領の食事と言えば、世界各国の首脳を招いての豪華絢爛たる晩餐会のようなものをまず思い浮かべるし、確かに大統領府であるエリゼ宮には、そうした晩餐会を見事に織りなす料理の数々を供することのできる料理長とその配下のチーム員が常時雇用されている。しかし、大統領といえど、毎日豪華な晩餐会を催しているわけはなく、まずまず普通の昼食や夕食を作ってもらっている日の方がもちろん多い。そして、そういう大統領の日常の食事の世話は、エリゼ宮の料理人チームの中から選ばれた、若手だが優秀な者に任されることになっているらしい(参考:西川恵『エリゼ宮の食卓』新潮文庫)。
ミッテラン氏の在任中は、その日常生活に関することはかなりの部分秘密にされていたようだが、さすがに没後15年ともなれば、ということなのか、今回は『VSD』誌の取材に対し、1990年から93年までの間大統領の私的料理人を務めた経験を持ち、現在はボルドーにある料理学校の調理顧問として活躍するヴァンサン・プサール氏が、彼の意外とも思える食生活について余すところなく語っている。
プサール氏が説明する大統領の食生活は、要約すれば、過剰な装飾を排し、素材を大事にして、しかも基本的に一般人も食べるような普通の料理を大いに好むという感じだったようだ。調理法についてはかなり保守的な志向が強く、料理人には「素材それ自体で充分なんだ」と諭し、できるだけ素材そのものが分かるような料理の仕方を望んでいたとされる。しかも、それぞれの材料がどこで採れたものか、旬の食材なのかどうかといった点についてはいつも興味を持っていた。それでも一般的には、食事について特に気難しいということはなかったから、プサール氏はひたすら、ミッテラン氏を満足させること、「彼のその日の気分や健康状態、天気や内外情勢なども考慮に入れつつ、彼の期待を先取りし食欲を満足させること」に心がけたと振り返る。
大統領は一級の素材を愛した。神戸牛にも似た霜降りのクータンシー牛、ジャック・ラング氏(元文化相、文相)に薦められてとりこになったと言われるジラルドーの牡蠣などがその代表例。もちろんフォアグラ、ウニ、魚のカルパッチョ、オマール海老やキャビアも大好きだった。ただ彼は一方で、ごく普通の家庭料理風の品々も(その素材が良ければ、という条件付きであるにせよ)好んで食べていたという。ブーダン、ロールキャベツ、羊腿肉ローストの白いんげん豆添え、ヴィシソワーズスープ、ムール貝の白ワイン煮、リ・ドゥ・ヴォー蒸し煮、ポトフなど、挙げればきりがないほど。特に子牛のブランケットはお気に入りで、1か月に一度は食卓に上るぐらいだった。
彼はこうした飾り気のない「御馳走」を、レストランに出かけて味わうことも少なくなかった。特に14区、モンマルトル駅近くにあるビストロ「ラシエット」は一番の御贔屓で、大統領は毎週土曜日の昼食を、アンドレ・ルースレ、ピエール・ベルジェ、ミシェル・シャラス、ロラン・デュマ、ジョルジュ−マルク・ブナムーと言った気の置けない友人たちと共に、ここでとることにしていた。そして大統領が注文をすると、一同が同じものを注文するのがこの場のお約束だったという。2008年からこの店のオーナーシェフになったダヴィド・ラスゲベール氏によれば、「トントン」(おじちゃん)と呼ばれて愛された元大統領の想い出の地を訪ねる客が時折やって来ては、当時彼が食事をしていたテーブル(今もそのまま残されている)に自分もつきたいと頼むのだそうだ。さすが、「国父」たる存在になったとも言われるミッテラン氏にふさわしいエピソードではある。
なお、雑誌記事にはニュースだけでなく実用性も欠かせないようで、本稿の最後はプサール氏がお薦めする「大統領も食べたであろう」ちょっと気のきいたレシピ「アンコウのソテー、赤ニンニク風味、アスパラガスとニンジン添え」の御紹介。アンコウの切り身は水分を多く含んでいるので、強火でさっとソテーすることで、水分を飛ばすのが美味しく作るコツなのだそうだ。グラーヴ産、シャトー・ラ・ルーヴィエールの白ワイン2001年(ソーヴィニョン85%、セミヨン15%)と合わせるのがおあつらえ、とのこと。まあ個人的には、パリ旅行の際にミッテラン詣での人々の列に加わり、ビストロ巡りするのがお気楽でよさそうと思ってしまうのだが。