水力発電は未来を拓くか

日本でも報道されているように、スイスでは2034年までに原子力発電所の稼働を全面的に停止するという政府決定が下された。しかしこの決定は、現在発電量の40%を原子力に依存している同国にとっては、相当高いハードル。こうした中で俄然注目を集めているのが水力発電だが、では代替がすんなり進むかというと、それほど単純には行かないらしい。5月1日付『ル・マタン』紙は、水力発電の新規開拓をめぐるスイス国内のなかなかに困難な状況について説明している(Noyez ces vallées, qu’on stoppe le nucléaire! Le Matin, 2011.5.1, p.3.)。
スイス国内の年間電力消費量は約62TWh。発電量にみるその内訳は、現在のところ原子力発電が25TWh、水力発電が35TWhとなっている。つまり、原子力発電に頼らないということになると、スイスの場合ほぼ必然的に、水力発電を増やさなければならなくなる。連邦エネルギー局でエネルギー政策を担当するトマス・フォルケン氏は、水力による発電量を増やす余地が現時点でどのくらいあるのか、数値の積み上げを試みた。これまで計算に入れていなかった小さなダムを利用した発電、河川沿いに設置するタービン機を用いた発電など、小規模なものも全て考慮して積算してみたものの、結果的に出た数値はようやく5TWhに達したかといったところ。もちろんこの分を追加すれば、電力消費量に占める水力発電の割合は56%から65%に増加するので、決して意味がないということではないが、残念ながら原子力発電に取って代わるという規模には及びそうもない。
実はこうした背景には、自然保護を大義として、かつて存在した大規模な水力発電所設置計画が次々と見送りになってきたという経緯がある。例として挙げると、ベルン南東約50キロの山岳地帯では、多くのダム建造・拡張プロジェクトが90年代に頓挫した。グリムゼルの谷に200m規模の高さのダムを建築する計画、ローヌ河最上流部のグレッチュ−オーバーヴァルトをダムでふさぐメガプロジェクトなどがこれに含まれる。また別の地、例えばグライナ高原では、これより早く1986年に、環境保護論者の厳しい批判を受けてダム建造が撤回されている。その後グライナが「連邦記念自然景観」の一つに選ばれたということもあって、エコロジストたちはこの土地を勝利のシンボルとみなしているようだ。
環境保護という強い圧力を受けた結果、70年代半ば以降、1,000万㎥以上の規模のダムの建設実績は存在しない。しかし試算によれば、この30年間に見送りの「憂き目」にあった約30のダム建設等プロジェクトが全て実現したと仮定した場合、そこから供給可能な電力は5TWh程度となり、結果として原子力発電への依存率を相当低下させることが可能となる。キリスト教民主党PDC)のクリストフ・ダルベレイ党首は、「今日の国益はなにより、原子力発電所なしで電気を作り出すということにあるのです。全ての過去の(水力発電等の)プロジェクトを引っ張り出してきて、再評価しなければなりません」と、これまでの流れを方向転換することに強い意欲を見せている。
けれども現実はと言えば、グリムゼルに現存するダムの高さを引き上げるという計画に対して環境団体が連邦裁判所に提訴。今後3年か4年しないと判決が出ず、その間計画は一歩も進まないという実情がある。ローザンヌ連邦理工科学校水利建築研究所(EPFL)のアントン・シュライス所長は、各種の大規模計画は今でも水利学的には意味があるとしながらも、「それらが実現する可能性はほとんどないでしょう」と、実際上は否定的な見解を示している。
脱原発とは言っても代替手段が見つからない、スイスにもそうした苦悩が明らかにある。それでも強いて言うと、現存するダムの貯水量を多少とも増やすことができれば、夏から冬へと供給電力量を移転することができ、少しは電力問題の軽減につながる(スイスでは冬の方が電力消費は大きい)。まずはそうしたあたりから始めつつ、現実的な打開策を探っていく、そのへんが現時点でのとっかかりになるのかもしれない。