地方証券取引に将来ありや

中小企業金融は政策的にしばしば問題になる領域の一つで、放っておくと対応が置き去りにされる傾向も見られるだけに注意が必要。一般論として言えるのは、間接金融(銀行融資)と直接金融(証券発行による資金調達)のバランスをうまく取るのが大事ということだろうけれど、特にグローバリゼーションが激しく進行する現代、どのような制度設計と実務的運用が適当なのかはなかなか見出し難いものがある。そうした中、5月10日付の経済紙『ラ・トリビューン』は、市場のグローバル化との関連で、中小企業や地場産業が直接金融の世界から取り残される傾向があるのではないかという問題提起を、かなり大きな記事として掲載している(Bourse de Paris: le cri d’alarme des PME. La Tribune, 2011.5.10, pp.2-3.)。
フランス国内の証券取引所は、かつては首都以外にも全国6か所に置かれていた(リヨン、ボルドーマルセイユ、リール、ナント、ナンシー)が、1991年の時点でパリ1か所に集中させることとなり、さらに2000年にはアムステルダム及びブリュッセルの取引所と統合されてユーロネクストへと移行した。2007年にはニューヨーク証券取引所と合併してNYSEユーロネクストとなり、本部はニューヨークへ。現時点では、フランクフルト市場を擁するドイツ証券取引所か、米国NASDAQとの再合併が取りざたされる状況にある。
このように、フランスの証券市場は徐々にグローバル化の道を歩んできたわけだが、中小企業の上場株式に関する協会機関である「ミドルネクスト」のカロリーヌ・ヴェーベル事務局長は、その過程がまさに中小企業を市場から排除する原因だったと認識している。特に顕著な変化があったのはNYSEユーロネクストが成立した時で、パリで中小企業株を扱っていた30名ほどの従業員はほとんど解雇され、取引業者、仲介業者ともニューヨークに集中することになって、フランス国内の企業からは国際電話で取引なり注文をするよりほかに手段がなくなってしまったという。さらにNYSEユーロネクストの下では、上場や取引等にかかる手数料が値上がりする傾向にあり、こうした一連の動きの中で、フランスの中小企業の多くが証券市場からの撤退を余儀なくされた。ヴェーベル事務局長は、今ではフランスで証券市場に参加する中小企業が、パリ−リヨン−マルセイユを結ぶ大都市軸に立地する会社(有力な中堅企業が多いということだろう)にほぼ限定されるようになってしまっているとも説明している。
フランスの証券市場全般に対する規制監督機関である金融市場機構(AMF)によれば、もともとパリで上場され、活発に売買されている株式に関連する取引の50%が、ニューヨークにおいで電子的に実施され、処理されているという。それはやはりコスト見合いというか、規模の経済に基づく効率性の追及ということであり、NYSEユーロネクストにおいて、中小企業に関する取引がそれほど利益をもたらす分野ではないという判断に基づく行動と言うほかはない。しかしそれでもヴェーベル氏は、フランスの中小企業での直接金融による資金調達を活発化させるため、NYSEユーロネクストがフランス国内8大都市にそれぞれ拠点を設置し、取引業者や仲介業者もそこで活動できるようにして、対面での証券取引が可能になるようにすべきだと主張する。「フランスほどの経済大国が、経済における金融機能を十分に果たすための戦略的ツール(である自前の証券市場)を持たないということが、私には信じられないのです」というのが彼女の主張。でも残念ながら、金融のグローバル化の流れは、対面的な証券取引をほぼ消滅させるところまで来ていることも、冷静に認識しておかなければならないように思う。
ただ、『ラ・トリビューン』紙の記事は、他国の事例に代案の可能性を見ようともしている。フランスと違い、現在でもフランクフルト以外に6か所の証券取引所が存在するドイツ。市場監督権限が州政府にあることが大きな要因のようで、大企業も多数これらの地方市場に上場している。近年の市場間競争に対しては、それぞれの市場が重点領域に特化することで存在意義を強調。例えばハンブルクはファンドの上場、ミュンヘンはドイツ全体の中小企業株式を引き受け、またシュトゥットガルト金融派生商品や、中小企業を対象とする債券市場などで強みを発揮しつつ、国内のみならず、ヨーロッパ全体に取引対象の視野を拡大しようとしているという。
ドイツの地域市場の活動ぶりは、フランス中小企業界からは直接金融による資金調達チャネルの活性化に向けた希望の星のように見えるかもしれないが、これまでの経緯から言ってフランスで同様の市場を展開するのはちょっと難しそう。むしろ日本の大阪証券取引所などにとって参考になるのかとも思う(多分もう参考にしているだろう)けれど、現状を見る限り大証の地方市場としての将来も盤石とは言えないのではないか。