子どもの「出戻り」、親はどう対処するのか

フランスでは夫婦関係を基軸にした家族構成が基本であるために、子どもは早期に親元を離れて独立する傾向が強いというのが、これまではほぼ定説だった。しかし最近はかなり状況が異なるようで、18歳で独立するのが普通だった親世代と違い、主として経済的な理由により30代になっても親と同居したままのいわゆるフランス版パラサイト・シングル、さらに同棲ないし結婚してからどちらかの親と同居するといった若者が増えているようだ。そしてこうした状況の変化形として、いわゆる「出戻り」現象というのがある。シニア中心の女性向け月刊誌『プレンヌ・ヴィ』7月号はこの現象を取り上げ、いくつかの事例、主な原因、さらに対処法やアドバイスを紹介している(Au secours, les enfants reviennent à la maison! Pleine Vie, 2011.7, pp.32-34.)。
シルヴァンとカトリーヌは60代の夫婦。シルヴァンは定年を迎え、カトリーヌは薬剤師の仕事を続けているが、いわば第2の人生をスタートさせたい時分である。一人息子であるアントワーヌ(29歳、企業勤務の建築士)が、ソフィーという女性と結婚したいと1年前に告げた時、息子の幸福と自らの解放感が相まって、両親は大喜びだった。ソフィーは当時妊娠中で、その後女の子を出産。同じ頃アントワーヌは、所有していたストゥディオ(いわゆるワンルームマンションの一区画)を売り払った。次のステップとしては、リビング以外に3部屋ある大きなアパルトマンを25年ローンで購入するはずだったのだが、不運なことになんと突然彼が会社を解雇に。慌てて期限付きの職を得たものの、銀行にローンを断られてしまった。若夫婦と赤ちゃんはアントワーヌの両親と同居することを希望し、親も仕方なくそれを受け入れた。ただ間の悪いことに、シルヴァンたちは以前よりも小さなアパルトマンに移り住んだばかりで、狭いスペースで2世代による想定外の共同生活が始まった。
カトリーヌは、「最初のうちは孫をあやすのを楽しんでいました」と振り返る。しかし、若いパパとママが祖父母に任せるのにすっかり慣れてしまうに従って、不満が募りだした。絵画教室にも、買い物すら自由には行けないし、だいたい金銭面の余裕だってそんなにないのだ。もちろんアントワーヌは正規雇用をしてくれる会社を探し続けているが、現在の経済的事情の中でそれは容易なことではない。また、ソフィーと共稼ぎを続けていくならアパルトマン購入額のローン返済は決して不可能でないにもかかわらず、「期限付きの職だから」という理由で銀行は資金を融資しようとしない。事態は暗礁に乗り上げ、同居にいよいよ我慢できなくなったカトリーヌは、最近では「9月までに事態が動かなければ、自分たちでアパルトマンを借りてもらいます。我々夫婦が保証人になるのは仕方がないと思っています」とまで言い出すようになっている。
こうした出戻り同居、フランスでいったいどのくらいの規模にのぼり、その理由は何なのか。ことの性格上、きちんとした統計はおそらく出しようがない。2008年のデータによると、25歳から34歳の間で親と同居している若者の比率は、男性で13%、女性で8%に上っているけれど、彼らがどのような状況で同居しているのか、出戻りなのかパラサイトなのか、あるいは親を支えてずっと一緒に住んでいるのか、そのあたりは全くわからない。ただ、2005年に実施した別の調査では、実家に戻った若者たちにその理由を尋ねたところ、パートナーとの別離(離婚、死別等)を挙げた者が約3分の1、失業が4分の1、経済的困難が12%、健康に関する事情が4%だったという。おそらく現在では、経済的な理由から親と再び同居するようになった人たちの割合が、6年前よりはかなり上がって来ているのではないかと思われる。
出戻り同居のパターンは、最初に挙げた妻子連れの例もあればもちろんシングルもあるし、息子の場合も娘の場合もある。相対的には息子の方が戻ってくる傾向が高いと言われるが、娘だって負けてはいない(?)。離婚して1人暮らしのフローランス、55歳のもとに戻って来たのは娘のロール。彼女は以前から実家を離れ、男友達と同居しつつ勉強を続けてきた。その後3年間はイギリスに移っていたので、シングルで出戻ってきたことはフローランスにとって晴天の霹靂のようなものだった。なにせ、ロールの部屋は自分の書斎用にすっかり改装してしまっていたのだから。「戻ってきて以来、彼女はすっかり子ども返りしてしまいました。私が友だちを家に招くと、その友だちについて難癖をつけます。買い物に行くと、彼女はパーム油たっぷりのビスコットや有機農法で作られてないヨーグルト(要するにジャンクな食べ物ということか)を欲しがるのです。批判的な眼差しを娘から向けられながら生活することに、私はもう耐えられません」と嘆く母親。自分のアパルトマンを見つけて出て行ってくれるまでは事態は好転しないだろうと、もはや諦めの境地になっている。
エコノミストであるミシェル・ドゥボンヌイユ氏は、出戻り現象について「完全に経済状況に基づくもの」(=不況及び雇用悪化が原因)と断言する。そして、同居がやむを得ないとするならば、せめて家族の連帯を発揮させて、ポジティブに生活していければよいのではとの意見を表明しつつ、「家族の連帯で全てが解決できるわけではありません」とも述べており、出戻り同居はフランスでは基本的に不自然な形ではあるが、雇用情勢が好転しない限りはどうしようもないという悲観的な立場を取っている。一方でこの記事には、出戻りは家族に愛着と繋がりがあることの証であり、上手な形で一緒に住むことを学んでいけばよい、いずれは両親が経済的に援助して一時的にアパルトマンの家賃を出してあげるなど、段階的に進んでいけばよいといった考え方の家族も紹介されているのだが、どうもこうした発想をフランス人全般に広げるのには無理がありそうだ。
そうなると後は、せめて余儀なくされた同居期間を可能な限り「気まずくなく」過ごすためにはどうしたらよいかという暮らし方のコツの問題になる。いくつかアイデアが示されていて、曰く、下着類は別々に洗う、料理や買い物は親任せにするのでなく、交代制をきちんとルール化するなどといった点がポイントになるとのこと。「親しき仲にも礼儀あり」的な感覚をきちんとわきまえておけば、不況の中での窮屈な「出戻りライフ」を、親の側の不満を最小限にしつつ、なんとかしのいでいけるのではないだろうか。