ラルース辞典、改訂新版を分析

国語学習者にとって、母語との対訳形式でない辞書が使えるようになることは憧れでもあり、また中上級になるとそうした辞書を使うように指導されることも多い。フランス語で言えば「プティ・ラルース」と「プティ・ロベール」両仏仏辞典あたりがそうした辞書の双璧。最近では日本の電子辞書にプティ・ロベールが搭載されるようになり、身近さが増した感があるが、プティ・ラルースもデザイン美しく、多少かさばるにせよ冊子体で手元に置いてみたくなる。ちょうど6月28日付のベルギー『ル・ソワール』紙が今年のバージョン(名称は2012年版)の発売を期に紹介と解説の記事を載せているので、様子を見てみよう(Larousse dit ses mots bleus. Le Soir, 2011.6.28, p.35.)。
プティ・ラルースを一言で表すならどんな説明になるか。「フランス版広辞苑」というのもそれほど的外れではないが、やはり正確ではないような…。プティ・ラルースは国語辞典の要素を兼ねた小型百科事典であって、百科事典的要素のある国語辞典たる広辞苑とは位置付けが逆になっているとでも言えようか。「普通名詞の部・固有名詞の部・成句引用句の部」の3本立てというのがキャッチフレーズのようになっているけれど、実際はごく少ないページの「成句引用句の部」(ピンク地の紙に刷られている)を挟んで、前半が普通名詞(約6万2,000語)、後半が固有名詞(約2万8,000語)で構成されている。総語義数でみると15万件となり大変なボリューム。さらにおまけ?として、フランス語文法概要、ノーベル賞受賞者や世界の国旗のページ等も付されている。
今年は、毎年発行されているこの辞典の大改訂の年。例年であれば200語程度の新語を一挙3,000語も採用(今回は環境問題、メディア、外国の料理関係等を特に強化採録したという)し、普通名詞が5%も増えた分はレイアウト等でカバーして、読みやすさが低下しないよう工夫した。また、図版説明が新たに30点ほど増えて計120点ほどになり、全5,000点のイラスト(図版よりもっと簡易で小さいもの)も併せ、ますますビジュアル度の高い辞典になっている。さらに発行元の担当者によれば、事典的な語彙については、専門家に改訂の必要がないか今回全てチェックしてもらったという。
プティ・ラルース、そしてプティ・ロベールも、編集に当たっては新語の追加掲載を常に重要な検討課題としており、しかもどちらかと言えば追加に積極的な姿勢がうかがえる。ラルース社の場合、40名のスタッフが専従で新語選定作業に当たっているほど。こうした辞典編集側の態度について、ベルギーの文献学者・文法学者であるアンドレ・グース氏は『ル・ソワール』紙記者に対し、「ある語の誕生が、新しい現実に対応するものであるなら、(それを辞典に掲載するのは)正当なことだと思います。たとえその語が長い間残らないとしてもです」と、それなりに好意的な立場を取っている。
グース氏は、これらの辞典が「ベルギーことば」を(「スイスことば」「ケベックことば」等と同様に)相当拾い上げていることについても高い評価を与える(まあベルギーの人だから当然か)。「フランスでも、ベルギーの文化について語る場合にはそうしたベルギーことばが使われているのですから」。一方、英語からの借用語については、それらが辞典に載っていること自体はさほど問題でないとしつつも、「新聞を読んでいるとそうしたことば(日本語でいういわゆるカタカナことば:引用者註)がたくさん出てきますが、そのうち十中八九が一般的に理解されない言葉であるのは遺憾です」と、ちょっと釘を刺している。辞典についての批評ではないにせよ、専門家として多少は言語世界の現状に物申しておきたいと思ったのかもしれない。日本での同様の問題は、役所ことばのカタカナ語言い換え方針などが功を奏し、少しは改善されてきたのだろうか?