小学校の授業時間増を巡り州民投票実施へ

学校の時間割というのは、国によって意外に差異のあるもの。日本ではウィークデイにもれなく授業があり、その分(特に低学年は)終業時刻が早い傾向にあるのと比べ、ヨーロッパは(国別の差異はあるが)平日でも休みの日があったり、その埋め合わせで1日の時間割がかなり長かったりするように思われる。そんな中、スイスのジュネーブ州で、週当たりの授業日数を現在の4日から4.5日にする(新たに水曜午前に授業をする)という州政府案に一部で反発が生じ、同国お得意のレフェランダム(通常「国民投票」だが、今回は州法が対象なので以後「州民投票」とする)に持ち込まれることになった。7月19日付の地元『トリビューン・ドゥ・ジュネーブ』紙は、背景や今後の展望を含めて事態の現状を詳しく報じている(Un ≪non≫ massif contre l’école le mercredi matin. Tribune de Genève, 2011.7.19, p.15.)。
そもそものきっかけは、教育に関する州間協定(正式には「義務教育の相互調和に関する州間協定」。HarmoS)が2007年に大きく改訂され、各州が法改正でこれに対応する必要が生じたこと。ジュネーブ州公教育省で検討した結果、HarmoSへの対応と併せて、かねてから問題とされてきた小学校における授業時間数の不足を是正することが浮上し、いくつかの時間割案を比較した上で、水曜午前を新たに授業時間とする州法の改正案が確定した(ちなみに、授業時間数はHarmoSによって規制されるものではない)。今年6月には州議会における賛成多数で可決され、時間増については2013年の秋(新学期)から、8歳から12歳までの小学生に対して適用されることとなっている(8歳以下の児童は引き続き水曜休日)。
ところが、この決まったはずの改正法に対して、多くの異議が差し挟まれた。その中心になったのはやはり教員で、(記事の中では明示的には主張されていないが)半日授業が増えることによる労働負担を問題にしていると推定される。教員組合(ジュネーブ教育協会、SPG)は公式の反対理由として、制度改訂による教育環境の悪化を挙げ、むしろ学習困難児への適切な指導を実施するために、300人の教員増こそが求められていると主張する。そして州民投票を実施すべく署名運動を開始したのだが、必要数7,000人のところ、それを大幅に超える1万8,000人もの署名が集まった。
ジュネーブ児童父母会連合会の予想に反し、教員だけでなく多くの親たちも今回の署名に応じてくれた結果が出ました」と、SPGのローラン・ヴィテ会長は喜びの声を上げている。今回署名活動に参加した「水曜午前の授業に反対する父母連合会」の幹事の一人、カトリーヌ・デポン・キスファルディ氏は、「学級全体で授業時間を増やすことは、子どもたちの間の格差を広げるだけです。小グループごとの教育を促進することが、全体の成績を向上させることにつながります」との考えを述べている。署名はジュネーブ州知事官房投票選挙部によって受理され、来年3月12日に州民投票が行われることが決まった。署名を進めた人々や団体は、州民投票に向けてこの問題に関する論議を幅広く展開し、市民の関心を喚起すべく準備を始めている。
やや意外なのは、槍玉に上がったはずの州公教育省が、一連の動きに対して鷹揚であること。「署名が多数集まったことを特に意外と考えてはおりません」とプレスリリースで明らかにし、複雑な問題が州民投票の場で議論されることをむしろ歓迎するというスタンスを取っている。ただ一方で行政当局としては、現在検討している施策の中でも教員等の150人増(2,000万スイスフランの充当)を想定しており、授業時間増だけを何らの人的手当てなく推し進めようとしているわけではない、と念押しをしているけれど。
実施される州民投票に向けて焦点となるのは、この問題に対する主要政党の見解や賛否。支持政党の表明する方針に従って投票する市民が少なくないだけに、運動を進めてきた人々からすればより多くの政党から賛意を得たいところ。ただいったん州議会で可決された案件であるだけに、場合によっては各政党のこれまでの方針を翻意させる必要も生じるという厳しい状況にある。今のところ賛成を明確にしているのは、中道地域市民政党である「ジュネーブ市民運動(MCG)」のみ。ただ緑の党は、党内でも見解が分かれているとしており、最終的に支持者に対して自由投票の方針を表明する可能性がある。
一方、右派政党である自由党や急進党は、州民投票で反対の姿勢(水曜午前の授業開始に賛成)を堅持する見通しが高い。自由党議員のナタリー・フォンタネ氏は、「我々は、授業時間を増やす必要があると確信しています。(学習の)基礎を強化しなければなりません。1日の時間割を延長する、昼休みを短くするといった案は全て検討済みであり、水曜午前の授業導入は、可能な方策の中では最も問題が少ないものと評価しています」と明確に述べている。こうした主張に抗して改正州法を撤回させることができるか、署名運動を超える支持が市民に広がり得るか、険しい道程が予想される。ちなみに小学校の授業時間を週4日から4.5日に増やす案は隣国フランスでも検討されており、州民投票の結果は間接的にフランスにも影響を与える可能性があると言えるだろう。
それにしても、スイスのレフェランダム制度というのは、日本では考えにくいだけにやはり興味深い。その実際の運用状況について、今後ともウオッチしていけたらと思っている。