「1スイスフラン=1ユーロ」は到来するか

通貨市場におけるスイスフランの一人勝ちと言える状況が顕在化している。周知の通り、ギリシャをはじめとするユーロ域内各国の財政事情悪化と困難を極める救済策、深刻さを増す米国の債務問題、日本で継続する経済不振と震災による打撃といったように、主要通貨をめぐる事情がいずれも芳しくない中で、スイスだけが大きな問題もなく推移していることで、スイスフラン買いの動きが着実に進行しているのだ。こうした動きを受けて、7月19日付『トリビューン・ドゥ・ジュネーブ』紙は、1ユーロと1スイスフランが等価になる日も遠くないのではないかという投資業界の観測等について報じている(Vers une parité euro/franc cette année encore? Tribune de Geneve, 2011.7.19, p.9.)。
ユーロ通貨を巡る情勢は、この夏非常に難しい局面に至っている。ギリシャ債務不履行を防止するため、欧州がようやく打ち出した第二次救済策は、投資家の疑念を完全に払拭するには至っていない。イタリアやスペインといった国における債券価格の下落(金利上昇)が止まる様子もなく、結果として、同様に危機的状況にある米ドルに対しても、ユーロはレートを下げている。ある種の援護射撃効果を目指したのか、アメリカのクリントン国務長官が「(ユーロひいては欧州諸国が)直面している危機を過小評価すべきではないでしょう。しかし我々としては、欧州当局によって策定されたギリシャの緊縮安定策が、同国が前に進むために必要な堅実な経済をもたらし得るものであると、はっきり考えています」とのコミュニケを発表したが、これもどの程度の影響を持ったのかは定かでない。
投資家の疑念は、債務国の国債を多く保有している欧州の民間銀行にも向けられている。今般実施されたストレステストの結果によれば、自己資本の不足額は合計25億ユーロに上るが、これは昨年の同様のテストの時より10億ユーロほど減少している。また自己資本の不足が認められる銀行は、調査対象となった91行のうち9行にとどまり、それほど多くはないとも言える。しかし、テストの結果で問題なしとされた銀行も含め、フランス、ドイツ、イタリア、スペインの銀行株は軒並み大幅に下落している。投資関係者は今でも銀行に対し決して安心感を有しておらず、総じてその健全性を疑問視していると考えられる。
こうした状況を踏まえた専門家の分析は、対スイスフランで見たユーロの一層の下落という点でほぼ一致している。UBSグループの為替アナリスト、トーマス・フルーリー氏は、為替相場はいずれ今よりも安定するのではないかとの見解を取るが、代表的ヘッジファンドであるFXコンセプツの創始者ジョン・テイラー氏や、野村グループの為替ストラテジスト、ジェフ・ケンドリック氏は、今年後半にかけてユーロがスイスフランとほぼ等価になる可能性に言及している。こうした分析を踏まえ、ブルームバーグも「1ユーロ=1スイスフラン」がここ数か月のうちに生じる可能性についての予測レポートを発表。これまで想定の範囲外であった事態が完全に視界に入ってきている。
自国通貨がここまで強くなることについて、スイスとしてはデメリットも大きいがメリットもあるだろう。それは円高と同じことと考えればよい(円の場合どうしても高くなることへの怖れが前面に出るけれど。8月14日の『日経ヴェリタス』は、苦悩する経済界と、自国通貨高を忌避しない多くの国民との潜在的対立という形で、スイスフランをめぐる現況をうまく説明している)。可能な限り為替相場を制御しつつ、どうやって最大限に国益を引き出すのか、スイスの為替金融政策はまた新たな段階に入りつつあると言えるのかもしれない。