気をつけたい自費出版の「落とし穴」

メディア環境の変化に伴い、多少は様相が変わってきているかもしれないが、本を出版するということは、多くの人にとってなお、ある種のあこがれであり続けている。日本ではここ数十年、自費出版ブームといった状況が生じており、数多くの自費出版本が発行されている一方で、トラブルの事例も少なくない。そしてどうやらフランスでも、多少日本よりは遅れてはいる(?)ものの、同じような現象が見られるらしい。国立消費研究所(INC、日本の国民生活センターに当たる組織)が発行する月刊誌『ソワサント・ミリオン・ドゥ・コンソマトゥール』7、8月合併号は、自費出版をめぐる混乱やトラブル事情、またそれらを回避するための方策等に関する記事を掲載している(Les sirènes de l’édition à compte d’auteur. 60 Millions de Consomateurs, 2011.7-8, pp.20-21.)。
フランスで1日に刊行される図書が平均で約200冊にも上る一方で、出版社に原稿を持ち込んでも最終的に出版を断られる人、あるいは最初から原稿を受け付けてもらえない人は決して少なくない。そうした憂き目に遭っている人々に誘いをかけるのが、いわば自費出版を専門にしている業者。「私共は新たな才能を発見することを第一の使命にしております」、「あなたが作家になるお手伝いをしたいのです」といった謳い文句にくすぐられ、「一夜明ければベストセラー作家」の夢を見つつ(多少大げさか)、業者に赴いて原稿を示し、めでたく契約締結、そして図書(エッセイ、小説、回顧録、詩集など種類は様々)の完成と相成る。めでたしめでたし?しかしこうした過程で、あるいは本の完成後に、「こんなはずではなかった」と後悔する「作家たち」は後を絶たないのが実情だ。勝手に幻想を抱いた方が悪いのか、それとも自費出版専門業者の商売に何か問題があるのだろうか?INCの雑誌編集部では、偽名を使って20社ほどの業者に草稿を送り、1か月半程度の間に返事のあった7社との間で、身分を隠したまま出版に向けたやり取りをする「テスト」を実施。その結果、いくつか見過ごせない問題点が浮かび上がってきた。
第一の問題は、契約に基づいて出版業者側が引き受ける作業範囲が明確でない場合が多いこと。さしあたり本の完成にこぎつけるため当初契約を締結する上での費用は、業者によって1,600ユーロ、3,000ユーロ、4,760ユーロなどいろいろ。いずれにしても決して安くはない。さらに、「(契約ベースで)最低でも300部の刊行を保証」(パンテオン出版社)と明示するなど、多少は良心が感じられる業者もあるものの、困った会社では、追加費用を支払わないと出版できないと後になって言ってくるケースも見られる。例えば、手書き原稿を電子ファイルに変換した上で校正する作業を業者に任せる場合、250ページの本で1,000ユーロ以上の追加出費が発生する。パソコン上で原稿を書くのが普通になっている若者には関係ないだろうが、退職後に回顧録を原稿用紙に書きあげた御老人にとっては由々しき問題というほかはない。
次に、いくつかの障害を乗り越えて本が無事に刊行されたとしても、妙に意欲的な売り文句と裏腹に、業者はめったなことではその本の販売促進に骨を折ってはくれない。契約には一応、出版目録(冊子体、ネット)への掲載、ディリコム(販売書誌データベース)への収載、ネット書店(フナック、プライスミニスター、アマゾン等)のサイトへの紹介、場合によっては『リーヴル・エブド』(新刊図書紹介誌)や『マガジン・リテレール』(文芸雑誌)への掲載などを引き受ける旨が盛り込まれていたりするのだが、要するにカタログや広告の片隅に押し込まれるか、データベース内に埋もれるかのどちらかで、さほど宣伝になるようなことではないし、業者はそれ以上のことをやるつもりはない。結局作者自身が口コミで、あるいは書店に直接持ちかけるなどしてPRに奔走することになるけれど、著者の儲けが発生する販売部数は少なくとも500部、多い場合は1,000部程度とかなりのハードルで、結局どうやってもそれほどの部数は売れず、作者の側の持ち出しになってしまう。これまた「こんなではないはずなのに」という焦燥感がつのるばかり。
そして最後にとどめを刺されるのが、印刷部数のうち売れ残った分に関する業者との協議の場。ある著者(匿名)の証言によれば、「テレス出版社は私に対して、売れ残りの本を定価の60%で買い取らないかと持ちかけてきました。そうしないと裁断処分にしてしまうというのです」とのこと。しかしこれでは、製作費用を払ったはずの図書にまた金を払うことになり、業者側の二重取りではないか。その人は業者に当初2,880ユーロ払ったそうだが、それは結局、単純にレイアウトと印刷にしか充当されなかったということであって、刊行された本は、著者に「無償で譲渡」された約20冊を除いて、全て業者側に帰属することになる。そのように解釈される契約を締結してしまったとはいえ、これではあまりにもひどい。
出版関係の実用書等を出しているワ・プラト社はINCの取材に応え、自費出版を望む人が業者と契約を締結する際にはよほど気をつけて臨む必要があるとして、注意すべきポイントをいくつか指摘している。まず、契約期間と印刷冊数、その中で著者に属する割合等が確実に記載されていること。業者側が製作、発行、流通まで全て引き受ける内容になっていること。そして、再版時には新たに契約を締結する旨が明示されていることなどが重要との由。少なくとも契約の文面に、出版に係る全領域(広告宣伝なども含む)、全プロセスが納得のいく形で盛り込まれているか否かをよく確認し、後で悔やむことのないよう慎重に対処すべきだろう。
以上は自費出版によくある事例やトラブルの説明だったが、最近ではこうした契約・出版形態に代わり、オンデマンド出版(著者が原稿をまとめ、業者がサイトにアップして、希望者があればその都度印刷し、利益を折半する方式)や私家版出版支援(レイアウト、印刷及び500部の発送のみを業者が引き受ける方式)といった形態が台頭してきているとも言われる。これらの方式では、作者と業者との契約関係に疑義が生じる可能性が少ないし、オンデマンドの場合はそもそも費用が少なくて済むという利点も有している。まあ、いずれにしても自費出版で出した本がヒット作になるなどと誇大な夢を抱かなければ、縷々説明してきた大部分の問題は解消するのではないかとも思うのだが、いかがだろうか。