企業統治の在り方論じるブログを紹介

コーポレート・ガバナンス(企業統治)というと、近年のグローバリゼーションの流れ、また数々の不祥事等の経緯を受けて、経営の分野でも特に話題が多い領域。国際標準化がテーマになることも少なくなく、EUでは各国ごとに異なっている企業統治のシステムの調和、ひいては一元化を目指して取組を進めてきているが、それぞれの国に背景のあること故、いろいろと困難さも見られるようだ。8月3日付フランスの経済紙『ラ・トリビューン』は、EUが現在検討を行っている企業統治強化策に関する識者のコラムを掲載している(La gouvernance: facteur de risque ou de progrès? La Tribune, 2011.8.3, p.23.)。
ラ・トリビューン』紙ではこの夏、経済関係のブログから有益な論説を取り上げるという連続企画を実施しており、この日のコラムもその一環。筆者であるジャン−フローラン・レロール氏は企業財務評価の専門家であり、フランス取締役協会の創設メンバーであるとともに、国際評価基準委員会の専門家会議の議長も務めている。レロール氏は4年前にブログを始めて以来、企業統治に関する専門情報の提供や論説の執筆を精力的に行っており、このブログは関連する論題について、(英語でなく)フランス語を用いたフォーラムの役割を果たしているとも評されている。
レロール氏が今回取り上げたのは、この4月にとりまとめられたEUにおける企業統治の枠組みに関する協議文書(グリーンペーパー)(参照:『日本経済新聞』2011年4月6日付夕刊)。総じてコーポレート・ガバナンスを強化する方向の諸提言が打ち出されているこの文書は、7月中に関係者間の協議が終わり、来年には事務局による正式提案がなされる段取りと言われる。彼は、企業統治全般について検討がなされている本文書について、広範な議論がなされることを期待するとしつつ、当コラムで2つの問題点を指摘している。
1つ目の問題は、この協議文書で(あるいは企業統治をめぐる国際的議論の中で)推奨されている企業の各種行動規範が、必ずしも学問的裏付けを有していないこと。コーポレート・ガバナンスの領域における「グッド・プラクティス」としては、取締役会会長と最高業務執行者の分離、取締役の多様性及び独立性の確保、各役職の任期制限などが一般的に挙げられるが、最近刊行されたデイヴィッド・ラッカー氏らによる研究書『企業統治問題』では、取締役会会長や各取締役の独立性、取締役の多様性確保のための女性割当制の導入などは、必ずしも健全な企業経営に資すると言えないことが示されている。レロール氏は、どの企業にも機械的に同じ行動規範を押し付けるのではなく、それぞれの会社の取締役会が充分に検討を重ねた上で、有効な方策を導入するという考え方で進むべきなのではないかと主張している。
もう一つ取り上げられているのは、取締役(会)に主として期待される役割の問題。理論上、株主でない企業経営者は、その企業に損害を与えることのないよう、委任者(取締役)の監督を受けることになっている。それはその通りなのだが、度重なる経済危機や引きも切らない企業不祥事等の影響もあり、現在の企業統治の潮流においては、取締役の役割として、監視と監督、あるいはリスク管理といった点が「圧倒的に」強調される傾向にある。いわば「経営者に対してブレーキをかける」役割。レロール氏はこうしたトレンドに異議を唱え、「アクセルを踏む」役割、すなわち企業成長に貢献するための諸提案・決定を行う機能も重視すべきではないかと主張する。そして、経済学者による「取締役会の監視監督のコスト」に関する研究では、戦略性を欠いた視点で経営者を適切に監督することのみに傾注する取締役会は、企業業績に益すること少なく、企業間競争における停滞、ひいては株主価値の棄損などをもたらす傾向があるとされていることも紹介する。レロール氏のコラムの結論は、経済が力強い成長を必要とする時代、企業の成長促進にも取締役会の努力がもっと向けられるべきであるという形でまとめられている。
当方にはレロール氏の主張の当否を判断する力はないが、少なくとも従来の論議で死角になっている部分をうまく突いた、興味深い論考になっていると感じる。今後この論説を期に、多数の論者が参加してブログという「フォーラム」で議論が盛り上がることを期待するとともに、こうした論説がまずブログで提示され、経済紙にも取り上げられるという成り行きについて、とても面白く思った。