ますます登用されるファン−ロンパウ大統領の「秘訣」

8月16日、フランスのサルコジ大統領とドイツのメルケル首相が会談、加盟国の財政安定化等を目的として「ユーロ経済政府」を設立し、その議長として欧州理事会議長EU大統領)であるヘルマン・ファン−ロンパウ氏を想定するとの方針を提案したことは、世界的に大きく報じられた(参考:『日本経済新聞』8月17日夕刊)。この提案に対する経済界の反応はあまり芳しいものでないと伝えられており、実際に経済政府の樹立に至るかどうかは予断を許さないが、ここで注目されるのがファン−ロンパウ大統領への期待の強さ。ベルギーという小国の首相を短期間務めた「だけの」政治家が、欧州連合の政治方針を決定する欧州理事会のトップに推挙され、今また経済政府議長という形で新たな舵取りを任されようとしているのはどういうわけか?8月18日付、お家元であるベルギーの『ラ・キャピタル』紙は、小国政治家に対する引きの強さの秘密、リーダーとしての長所・短所などについて多面的に分析している(Van Rompuy n’a pas terminé son ascension. La Capitale, 2011.8.18, p.17.)。
この記事ではまず、彼が特に秀でていると考えられる点を5つ挙げている。曰く、有能であること、交渉上手であること、よく働くこと、フランスとドイツの間の緩衝的役割を果たしていること、そして人を安心させること。有能でよく働くというのは当たり前の美点として、ファン−ロンパウ氏の場合、どうしても「交渉上手」という点に注目が集まる傾向にある。また「安心させる存在である」というのも、要は「交渉をなんとかうまくやってのける」という美質に起因するところが多いような気がする。
識者のコメントも彼の「交渉力」あるいは「調整力」といった点に集中しているようだ。ブリュッセル自由大学の研究員を務めるヤン−スヴェン・リテルメイエル氏は、「彼は強いリーダーとして(大統領に)選ばれたのではなく、彼自身認めているように、ファシリテーターとして起用されたのです」と断言。EU問題に詳しいフリージャーナリスト、ジャン−セバスティアン・ルフェーヴル氏も、「彼はリーダーとしてよりも、各加盟国の代表者たちの間で事務局長のように立ち回っています。彼らが打ち出してくる大枠の方針を実地に移し、実務的な細かい点を決めていきます。ファン−ロンパウ氏は、自分から流れを作ることはしませんが、外交官的な役割においては抜きん出ているのです」と詳しく論評する。
1957年に設立された欧州経済共同体の創設メンバーであり、欧州統合を推進することで周辺大国、すなわちドイツとフランスのバランスを取るという小国政治を実践してきたベルギーの出身だけあって、ファン−ロンパウ氏のバランス感覚はこれまでの履歴の中で陶冶されてきたものとも考えられるが、ドイツ語圏ベルギー出身の欧州議会議員、マチウ・グロッシュ氏はそうした単純な見方にやや批判的だ。「彼が(経済危機にあたり)加盟国に連帯を示すよう求めた時、メッセージは主としてドイツに向けられていたのです。メルケル首相はそのメッセージを理解し、以前より開かれた態度を取るようになりました」、「彼は非常に困難な局面で、ヨーロッパという組織体をうまく機能させ、破綻を回避したのです」と述べて、ドイツ(及びフランス)にも必要な時には毅然とした態度で臨むことで、ヨーロッパを一体として維持することに貢献していると評価する。また、スペインのテレビ記者、グリセルダ・パストル氏は、調整を軸としたファン−ロンパウ氏の政治スタイルを評価しつつ、「もし(最初の欧州大統領選出時に)トニー・ブレア氏(元イギリス首相)を任命していたとすれば、(加盟国間の微妙な調整にしくじり)ヨーロッパ統合は終焉していたかもしれません」とまで踏み込んでいる。
EU統治機構に関しては、近い将来、欧州委員会(執行機関)の委員長と現在のEU大統領の職務を統合するという案が取り沙汰されており、統合された新ポストの担い手としてファン−ロンパウ氏の名前がしばしば挙げられている。ますます強い権力をその手に収めるのか?もっとも、『ラ・キャピタル』紙の記事は彼の欠点を挙げることも忘れていない。目立たないこと、ヴィジョンに欠けること、カリスマ性がないこと、一部の利害団体(ビルダーバーグ会議カトリック教会)との関係が近過ぎること、そしてあまりに従順なこと。現在はこうした欠点がそれほど表立つことなく、むしろ「目立たない」「従順」といったあたりは長所に転じているような趣もあるが、欧州機関のトップとして求められる人物像が今後変化することがあれば、今とは異なり短所の方が目立つようになるかもしれない。まあ、誰がやっても困難なヨーロッパ統合のバランサーとして、相当よくやっていると評価しておくのが一番現実的だとは思うけれど。