街に居残るパリっ子たちが過ごした夏

かつてエリック・ロメール監督の映画を続けて見ていた頃、「獅子座」とか「緑の光線」といった作品を通じ、「パリっ子にとって、夏休みにパリに居続けることは、かなりわびしい」というイメージを植え付けられてしまった想い出がある。確かに、学校の夏季休暇期間のスタートと共にパリから南に向かう高速道路は大渋滞、多くの店はシャッターを下ろし、街角は外国人観光客が行き交うのみといった通俗的なイメージは、現在でも必ずしも的外れというわけではないだろう。しかし、一定の数の人が残らなければパリでの暮らしがまるっきり成り立たないし、何らかの理由があって、あるいは自らの選択として、パリでの夏を過ごす在住者も当然のことながら少なくはない。フリーペーパー『ヴァン・ミニュート』紙パリ版は、8月29日から9月2日までの5日間連載で、首都に居残って夏を過ごした人たちの事情、表情などを浮き彫りにしようとしている(Ils sont restés à Paris cet été. 20 Minutes Éditions de Paris. 2011.8.29 – 9.2.)。
まず最初に登場するのは、夏のパリを積極的に選び取った若者たち。この季節ならではの野外コンサートやフェスティバルに参加するほか、空いている公共プールを満喫したり、公園で写生にいそしんだり、思い思いの時間を過ごしている。イラストレーターのアントワーヌは、テラスに腰掛けて街ゆく人を眺めつつ、この街の夏は他の季節とは雰囲気が全く違う、通りの別の姿を再発見することもある、と語っている。彼らは比較的スケジュールに自由が利く立場にあり、なかには9月にヴァカンスを取る予定の者もいるらしい。
一方、夏こそ繁忙という人たちもいて、ある種の学生はその代表格。秋口に入学試験・資格試験、または追試などを受ける予定があれば、この時期がちょうど追い込みとなる。9月実施の弁護士修習所試験を受けるアンナは、毎日スケジュールをきっちりこなすことに全力を注いだ。10時から3時までは、普段よりはるかに空いているカフェで勉強。ベビーシッターのバイトをした後、8時半から11時までまた家で法律に取り組む。それでもダンスのレッスン、それにヨット遊びの5日間など織り交ぜつつ、彼女はすこぶる元気にこの夏を実り多いものにした様子だ。
もちろん、夏だろうが何だろうが、立場上働かなければならないという人々は決して少なくない。介護施設で働くアリスは、16歳でホテル関係の仕事を始めてから7年連続で夏は休みを取っていないと言い、「お年寄りを放ってはおけません」とあくまで献身的な姿勢を示す。パリ9区で「バー・ロマン」を経営するバスティアンは、「この界隈のレストランが全部閉まっている時でも、誰かが店を開けておかなければならないでしょう」と言いつつ、「8月の来客の70%はツーリストです。ただで旅行をさせてもらってるようなものですよ」とポジティブな感想も述べている。
次は打って変わって、もっぱら遊びのため、この季節も変わらずパリで過ごす現代版「モボ・モガ」(?)。29歳のジェレミーはエレクトロ・ミュージックのライブがお気に入りで、夏はヴィレットでの野外コンサートを頻繁に訪れる他、レプブリック広場東方にあるクラブ「ヌーヴェル・カジノ」ではビデオジョッキーとしても活躍する。クレールとエミリーの女子二人組は、夏休み期間もずっと営業しているシャンゼリゼ通り沿いのナイトスポット「クイーン」と、凱旋門そばのレストランバー「アルク」に足繁く通い続け、オルセー美術館近くのクラブ「サン−ペール」の休暇明けオープンが最大の楽しみというのだから、これはもう、パリを離れる気などさらさらないと言わねばならない。歓楽と喧噪に身を任せるなら、夏も冬も関係なく花の都にしくはなしというところなのだろう。
そして最後に忘れてならないのが、ヴァカンスに出掛けたくとも無理という人たちもたくさんいること。郊外の公営住宅には、収入がままならず普段通りの生活を過ごす家族が少なくない。そこで、パリ西北、ヴァル−ドワーズ県のアルジャントゥイユ市では、今年から夏の3週間、セーヌ河沿いを砂地にしてビーチ風に仕立てる「アルジャントゥイユ・プラージュ」(ここ何年か人気の「パリ・プラージュ」からアイデア借用)を開設し、4万1,000人がこの期間限定の遊び場を訪れたという。夏休みにどこにも行けない子どもたちにとっても、仮設のプールで泳いだり遊具で遊んだりして、多少なりとも楽しいひとときが過ごせたのではないか。
『ヴァン・ミニュート』紙の連載は、夏のパリを、それなりに楽しく、それなりに有意義に過ごしたさまざまな人の日々の過ごし方、また感じ方をよく伝えてくれている。最近は暑い日も増えて来て、エアコンが整備されてない部屋では寝苦しかったりするかもしれないけれど、この街で過ごす夏にも多くの表情があり、表情の数だけ味がある。いつの日か自分も、夏を徹底的に楽しみ尽くすつもりでパリを訪ねてみることにしようか。