なぜビッグスター世代交代が進まないのか

ポピュラー音楽が、その種類においてもまた「消費」される様態においても多様化の一途を辿っているのは世界的な趨勢。フランスにおいてもヒップホップやワールドミュージックなどの流れに押されて、従来型のシャンソンやフレンチポップスなどは70年代までのような圧倒的な地位を獲得できない。それはつまり歌手、もしくはアーティスト単位で見れば、人気の分散化、ひいてはタレントの小粒化という現象を生み出すのではないか。9月13日付『ル・フィガロ』紙は、やや詠嘆的な雰囲気を漂わせつつ、若手・中堅層からビッグスターが生まれない音楽界の現状について検討している(Chanson française cherche relève désespérément. Le Figaro, 2011.9.13, p.30.)。
ル・フィガロ』紙の記者はまず、昨今の人気歌手は確実に高齢化が進んでおり、今後は遠からず引退する者が相次ぐのではないかと指摘する。現に69歳を迎えたエディ・ミッチェルは、もうこれまでの歌唱レベルを維持できなくなるのではとの思いから引退を決意し、9月初めに「お別れコンサート」を開催した。実は、ジョニー・アリディアラン・スーション、ジュリアン・クレール、フランシス・カブレルなど、フランス歌謡界のスターは第二次大戦後すぐの時期に生まれたいわゆるベビーブーム世代が多く、現在はほぼ60歳代。まだ雪崩を打って引退へというような状況ではないにせよ、遠からず身を引くか、フェイドアウトという流れは避けられないように見える。御年87歳のシャルル・アズナヴールがこの9月に、パリのオランピア劇場で1か月公演を展開し、しかもそれほどの衰えを感じさせなかったという例もないわけではないが、彼のタフネスを標準と考えるわけにはいかないだろう。
60歳代に続く世代にヒット歌手がいないわけではない。特に40代には、トマ・フェルセン、ドミニク・アー、クリストフ・ミオセック、アルテュール・アッシュなど、大物ぶりを期待できる面々も並んではいるのだが、記者は彼らとてもまだパリ・ベルシー体育館(収容人数1万7,000人)を一杯にするほどの動員力はないと見立てている。しかし、どうして新たなビッグスターは出て来ないのか。一つには、事務所にもレーベルにも、歌手が育っていくのをじっくり支える余裕がなくなってきているということがありそうだ。ベビーブーム世代の場合、ラジオやテレビも歌手を大きくするために協力を惜しまなかったし、なにより時代全体にゆとりがあった。現在は(限られたパイを巡っての)競争が激化しており、プロデューサーがある歌手に目をかけてじっくり売っていくというような展開はますます難しくなってきている。さらにまた、各種メディアで、核となるスターの世代交代が進まない(進めない?)ことも、40歳代歌手の伸びを抑えつける結果を招いているようだ。
最近のフランス・ポピュラー音楽界では、ついにというか、ビートルズピンク・フロイドなどのレパートリーを当世風に味付けして演奏するグループがはやっていると言われるが、これがレトロスペクティブな意味合い以上のものを持ち得ないことは明らか。そうなると、今後の歌謡界で大物を期待すること自体にそもそも無理があるのではという視点も重要なように思える。冒頭にも書いたように、聴き手の嗜好も多様化した中では、従来のようなビッグヒットは生まれづらく、また圧倒的なスター感を備えた歌手の存在自体が難しい。記事の趣旨には反するかもしれないが、多様性の中に新たなポピュラー音楽の構図を再構築していく方が、より意味のある作業なのではないかとも思えてくる。