新課税案で問題となる「富裕とは何か」

ユーロを巡る危機的な状況が、いわゆる南欧諸国に限らずフランスにも(国債危機といった形で)直接及びかねないことは御存知の通り。そこでサルコジ政権としては、そうした危機を波及させないため、緊縮政策を矢継ぎ早に打ち出しているわけだが、その一環として検討されているのが、富裕層に対する増税策である。ただ、そもそも富裕層とは具体的にどのような人々を指すのか、あるいは実際に増税の対象となるのは誰なのかについては、多々議論が生まれているようだ。10月2日付の『ジュルナル・デュ・ディマンシュ』紙は、来年にも実施の運びとなる見通しの富裕層向け増税案に関する動向と、その背景にある「富裕」に関する人々の考え方について改めて分析、考察している(5,000 euros par mois, vous êtes riche! Le Journal du Dimanche, 2011.10.2, pp.14-15.)。
富裕層向け増税の政府原案は、1人当たり手取りで年50万ユーロ以上(カップルでは100万ユーロ以上)の収入を得ている個人に対し、3%の追加課税をするというもの。この年間50万以上の収入というのは、どのような基準で採用されたのか?ヴァレリ・ペクルス予算相は、「100万ユーロというラインは多分に象徴的なものです」と述べて、この額がいわゆる「腰だめ」の数字であることを認めている。ちなみに、政府原案に従って増税した場合、国庫の追加収入は2億ユーロ程度と見られているが、これはサルコジ政権の緊縮案で捻出される予定の総額110億ユーロと比較すると、ごく微細な割合にしかならない。
しかも、政府案がとりあえず設定している富裕層のラインは、一般のフランス人が感じている豊かさイメージとかなり異なる。調査企業であるイフォップ社が行った調査によれば、手取り月額収入が5,000ユーロかそれ以下のところに、富裕かそうでないかの境界があると考える人が全体の66%に上っている。しかもこうした一般人の感じ方は、フランス人の月収の中間値(下位から計測してちょうど50%のところにあたる人の稼ぎ)が1,600ユーロ、下位から90%のところの収入が3,000ユーロであるという、客観的なデータにもある程度見合っている。つまり庶民にとっては、年額50万ユーロというのは想像の埒外にあるようなリッチさで、それを増税の基準にすると言われても、不合理と感じるよりまずもってピンと来ないのだ。
会計検査院傘下のある評議会が出した報告書によれば、収入の高い人々はそれ以外に比べ、税負担が相対的に軽いとされる。その要因は複雑だが、コンサルティング会社の会長で、著作家エコノミストとしても活躍するアラン・ミンク氏は、1980年代以降、利子率がインフレ率より高かった時期に、財産を有する者が投資や貯蓄を通じてその富を増やしていったこと、2000年以降に政府の施策によって上流層及び中堅所得層の税率、負担率を軽減する動きが続いたことなどを、これまでの経緯として挙げている。ミンク氏は、この数十年間にフランス社会における富の偏在は強まっていると指摘し、本来それを是正することを考慮すべきであるにもかかわらず、今回の富裕層3%増税はこうした傾向をいささかも変えることはないと主張する。そしてより抜本的な対策として、所得課税と資本課税を基本的に公平にすることを提案している。一方、パリ・スクール・オブ・エコノミクス教授のトマ・ピケッティ氏も、近年の相続税や資産税の引き下げが、上流層とそれ以外の不平等を一層強めることになったと指摘し、その改善策として、社会保障を主な目的とする一般社会拠出金(CSG)を、これまでの定率制から累進制に変更することで、高額所得者の負担を増やすという案を提示している。
ミンク氏もピケッティ氏も、富裕な人々の中でもごく限られた大富豪だけを多少増税するといった弥縫策ではなく、より本格的な税制改正が、経済・金融危機下での社会階層ごとの税制の在り方を再検討するという意味で必要だという点で一致している。もちろん実際の施策はおそらく抜本的改革までは進まないだろうが、それでも当初、年50万ユーロ以上の収入で3%増税だった政府原案は、下院での議論によって変更され、25万ユーロ以上が3%、50万ユーロ以上では4%の増税ということで10月19日に可決されている。さらに、社会党などの野党が多数派を構成する上院では、下院以上の修正が付される可能性も高い。富裕層に対する課税をめぐる問題は、今しばらくフランス政界を賑わしそうだ。