ゲンズブールの末の息子が音楽で本格始動

フレンチ・ポップス界の奇才、セルジュ・ゲンズブールの子供と言えば、ジェーン・バーキンとの間に生まれたシャルロットが圧倒的に有名。しかしもう一人、歌手そして作曲家として活躍中、というか、最近になってようやく活躍を始めた息子(シャルロットとは異母姉弟)がいる。彼が5歳のときにセルジュは他界してしまったので、さほどの影響は受けていなさそうにも思えるが、さすがというべきか、奇才の才能と心意気のかなりの部分は息子にも引き継がれているようだ。10月2日付の『ジュルナル・デュ・ディマンシュ』紙は、間もなく発売される彼のファーストアルバムについて、またそこに至るまでの軌跡などについて綴っている(Lulu célèbre Gainsbourg. Le Journal du Dimanche, 2011.10.2, p.39.)。
リュリュ・ゲンズブール(本名リュシアン)にとって、父親の記憶は切れ切れのものでしかない。そのうちの一つが、クリスマスの夜にテーブルをひっくり返して高級シャンパンを全部駄目にし、平手打ちをくらったというもの。「僕は無意識のうちに、父が大酒を飲むのを見たくなかったんだと思います」という述懐にはなにやら切ないものがある。セルジュは息子に対して音楽を教えようとはしなかったが、時おりディズニーの唄などで一緒に遊んでくれたこともあったという。そんな原体験、そして幼くとも感じられた親の天才ぶりが、今のリュリュにとって少なからず糧となっているのだろうか。
その後の彼は、音楽学院に通って修了資格を得、次にバカロレアへ挑んだがそちらは受からなかった。それでは音楽家への道をまっすぐに辿ってきたかというと、全然そんなことはない。「セルジュの息子」という眼で見られることに恐れを抱く時期が長く続き、音楽を手放してF1レーサー、レンタルビデオ店の主人(映画が好きだから)、ゲームソフトの製作者になりたいと思ったこともあったという。けれど結局、落ち着くところに落ち着いた。ボストンのバークリー音楽院で4年に渡って本格的な作曲法などを学び、現在はニューヨークのソーホー地区で、ミュージックシーンの風を日々感じつつ過ごしている。
そして、いよいよ昨年ぐらいからは、セルジュへのトリビュート・コンサートに出演するなど本格的な活躍を開始。11月14日には初のアルバム「ゲンズブールからリュリュへ」が発売される。父のヒット曲をカバーするこの実質的なデビュー盤で、彼はその編曲やオーケストレーションに巧みな才能を発揮している。ただ本人は至って慎ましく、「作詞では素晴らしいと言えるものは全く持ってないです。(歌唱についても)『唇によだれ』をセクシーな声で歌おうとしたのですが、ちょっと失敗しました」などと発言している。それでも今作品に、スカーレット・ヨハンソンヴァネッサ・パラディジョニー・デップなど大物たちを共演者として招くことができたこと、そしてなにより、イギー・ポップにフランス語で歌わせることに成功したことは、彼にとってのちょっとした誇りになっているようだ。
リュリュは今後どこへ向かうのか。いまや進むべき道に迷いはなく、志は高く、父譲りの完璧主義者としての側面も発揮し始めている。いつの日か、父親が身にまとっていた「カリスマ性」を持てるようになりたいとも思いだしているようだ。「トリビュート盤はもうおしまいです」。彼が自作をひっさげてポップス界を席巻し出すのも、それほど遠いことではなさそうに思われる。