地域に根ざすパン職人の熱意と勤勉

フランスやその近傍の国では、やはり主食であるパンがおいしければ嬉しいし、楽しい食事になるという印象が強い。ユースホステルの近所のパン屋で買ったバゲットがとてつもなく美味で、あっと言う間に1本食べ尽くしてしまったというのも懐かしい思い出。そしてパンと一緒にたいてい売られている菓子類(菓子パンやマドレーヌといった感じのもの)も味わい深くて見逃せない。10月10日付のベルギー『ラヴニール』紙ブラバン・ワロン州版は、スーパーの量産パンに少なからず圧されつつも、多くの人々に支えられて健闘しているパン屋とパン職人の業界について、実地取材しつつレポートしている(Semaine des artisans boulangers: eux, c’est le goût! L’avenir – Brabant Wallon, 2011.10.10, p.1.)。
ワロン地域では10月10日から16日までの1週間、第1回のパン・菓子店ウィークが開催され、大規模な抽選企画が実施された。ワロン高品質農産品普及事務所(APAQ-W)とフランス語圏パン・菓子店主連盟の主催によるもので、1年分、1か月分又は1週間分のパンや菓子がただでもらえるクーポン券(1週間分で15ユーロ相当)が当たるという趣向になっており、かなり思い切った、消費者から見れば魅力的な企画だ。それぞれの街や村で地道においしいパンを作り続けている店主や職人を盛り立てたいという思いが、この企画の賑やかさからも感じられる。
そんなパン店主の一人、1996年からワーヴル市のリマル地区でパンと菓子を売る店舗を営んでいるゲータン・モイモン氏の朝は定評通り早い。午前3時起床で、睡眠はせいぜい4時間から5時間。早朝はひたすらパン作りに精を出し、昼間は店番をファビエンヌ夫人に任せつつ、書類の山と格闘したり、納入業者との交渉に携わる。週に2日は近所にある職業学校で菓子作りを教えてもいる。6年前には支店を出したが、厳選された素材、そしてオリジナリティのあるパンや菓子のラインナップに力を入れる姿勢に変わりはなく、今ではこの世界ではある種の名士の一人として称えられているという。
「自分は6歳の頃からパン職人になりたいと思ってきました。遠戚のいとこの家がパン屋をやっていて、そこで1週間過ごして以来、もう夢中になってしまったのです」と楽しげに語るモイモン氏。そして、「労力を惜しんで味を悪くするような加工品の類は一切使いません。クリームミックス粉のようなものは、全く自然とは言えません。もちろんそういうのを使った方が収益は上がると思いますが、私はそうしたくないのです。パンを食べてもらう人たちにもそうした味の違いが分かってもらえればと思います」と、品質と味をあくまで追求していくと強調する。
経済危機この方、とりわけ今夏以降、パンの売れ行きは増加傾向にあるようだが、対照的に菓子類は低迷気味だとか。これは、相対的に安いパンの方を人々が買うようになり、菓子には手が伸びなくなったということらしく、店としては痛し痒しというところらしい。また、スーパーで売られている商品との競争環境についても、モイモン氏は「確かに値段はスーパーの方が安いです。一方、質の方は明らかに、職人手作りのパンが工業生産のより優れているのですが、『パン屋のものは身が詰まり過ぎている』という理由でスーパーの商品を好む人もいますし、また質より量を優先するという人もいますね」と、ユーモアを交えつつ説明してくれる。食事の前に自分で作ったチョコレートエクレアをつまんで、夫人にたしなめられるといった茶目っ気たっぷりの人柄が、彼とその店の人気と信頼を支えていることは容易に想像できる。
こうした店で買ったパンで日々の食事を送る、それもまた、地域の人々にとってささやかな幸せと言えるのではないだろうか。