スポーツイベントにも地政学的分析が必要

2020年のオリンピック夏季大会の開催地に、東京が2016年に続いての立候補を表明してから約半年が経った。都民や国民にもいろいろな思いがある中で、来年9月のIOC総会に向け招致活動は盛り上がっていくことと想定されるが、そもそも世界的なスポーツイベントの開催は現在どのようなトレンドにあり、また行事実施の意義はどこにあるのか。12月27日付『ラ・トリビューン』紙はこうした点につき、ヨーロッパ、主にフランスの視点から、パリ第1大学(ソルボンヌ)客員教授であるジャン−クリストフ・ガリヤン氏の論説を掲載している(Événements sportifs: une vraie guerre. La Tribune, 2011.12.27, p.14.)。
彼はまず、最近のスポーツイベントが、従来の欧米中心の開催から転じて、次第にいわゆる新興地域、既存の先進国以外の国でより多く開かれるようになっていることを確認する。そのことは例えば、F1運営の最高責任者と言われるバーニー・エルストン氏が、5年前ぐらいからアジア、中東地域でのF1開催を顕著に重視するようになっているとの態度を明確にし、現にそのような形で開催地が変遷していることからも明らか。また、2016年夏のオリンピックが、他の候補を抑えてリオ・デ・ジャネイロで行われることになったのも、現象の1つの有力な現れと考えてよいかもしれない。フランスにとっては、アヌシーを候補とした2018年冬季オリンピックが、韓国のピョンチャンに最終決定したことが、具体的、直接的な痛手と言える。これはつまり、スポーツを支える広義の経済基盤が、ますます新興地域に依存するという状況が強まっており、それが開催地の選択にも大きく反映しているということなのだ。
もっとも、欧州諸国を実施主体または開催地域とする催事にも、未だに有力なものがいくつもある。世界的に注目を集めるサッカー欧州選手権や、ツール・ド・フランスなどがその例だ。しかしガリヤン氏は、スポーツ行事の開催をめぐる空間構造が、確実に新興地域に向けてシフトしつつあることを直視しなければならないと警告する。また、その背景には、経済上、外交上、あるいは文化上のパワーの移動が伏流しているのであり、フランスをはじめとするヨーロッパ諸国としては、そうした移動を食い止めるため、経済活性化のための諸方策と同じぐらいのエネルギーを注ぐべきなのだが、それとても地政学的な地殻変動を引き戻すにはほど遠いのではないかと評価する。つまりスポーツをめぐって、世界大の静かな「戦争」とでも言える事態が現に生じているのである。
それでは、欧州に何らか挽回の手段はあるのか。本論説での提案は、新たな世界的競技及びその大会を自ら創造すること、そのために官民挙げて知恵を尽くし、いわゆる「スポーツ・ブランディング」を遂行しつつ世界にそれを表現していくことにある。ただ言うは易し、行うは難し。何らかのスポーツイベントが定評を獲得するためには何年もかかるだろうし、小手先だけの工夫で済む話とは思えない。提言もその点については具体性を欠き、抽象論にとどまっている印象がある。
まあそれだけ、スポーツ行事をめぐる世界潮流をくつがえすことは難しいということなのだろう。翻って、日本がオリンピックを再度招致しようとする場合にも、こうしたワールドワイドな視点を考慮して可能性を追及しているのか、世界の中のポジションという点から、日本で行うイベントにどのような意義を見出すのか、そういった観点からも大局的な考え方の整理をしておくべきと思われる。