書籍の付加価値税引き上げ、影響は甚大

最近の日本政治の大きなトピックの一つは消費税の引き上げ。税と社会保障の一体改革というフレーズが流行っているが、庶民レベルで見ればやはり自分たちの負担の増大、とりわけ生活全般に影響してくる消費税率の上昇に注目が集まってくる。そうしたなかで、さまざまな議論がなされつつも、なぜかほとんど議論の俎上にのぼらないのが、一部品目に対する軽減税率の適用。欧州各国、例えばフランスでは、これまで付加価値税に関し、食料品など生活の基礎を支える品目について、標準税率(仏の場合19.6%)を大幅にディスカウントした税率(5.5%)が適用されてきた。他方で、フランスも厳しい財政難に直面し、付加価値税を含む各種税率を引き上げる方向が矢継ぎ早に打ち出されている。12月22日付の『ル・モンド』紙は、5.5%が適用されている「書籍」についても、軽減税率そのものの引き上げにより税率アップが近日中にも実施されることになったとして、その問題点等をやや詳しく解説している(Hausse de la TVA sur le livre, le coup dur de trop? Le Monde, 2011.12.22, p.13.)。
フランス政府が鋭意展開しているのは、まさに日本と同じように「税と社会保障の一体改革」。これまで社会保障費の範疇で扱われてきた支出の一部を賄うため、2012年春にも現在19.6%である付加価値税の基本税率が引き上げられる見通し(一部報道による推定では23%ぐらいか)と言われる。そしてさらに基本税率上げに先立って、軽減税率については引き上げが先行実施されることとなり、2011年末の議会での承認を経て、1月1日から5.5%だったものが7%に変更された。書籍も基本的にこれと同じ扱いを受けることになる。
しかし、こうした決定に先立つ関係者協議の結果、書籍については税率変更の実施を3か月遅らせ、4月1日から施行することとなった。本という商品の特質を考慮しての特例措置、つまり、書店や出版社が膨大な手持ち在庫の値札を付け替えなければならないという事情を多少なりとも汲み取った結果と言える。さりとて、全国の書店に在庫として蓄積されている本の数は推定で1億冊に上り、またある出版社の試算によれば、値札の付け替えには1冊当たり30サンチームの費用を要するとされる。書店によっては数年分の利益がこの作業で吹っ飛んでしまうのではないかと危惧するところもある。そうなると、3か月の余裕を設けたにしても、最終的には在庫の出版社への大量返品に踏み切る書店がかなりの数にのぼるのではないか。
こうした返品の山に埋もれて、小規模出版社では営業停止を余儀なくされるところが出る可能性があり、また中規模の業者でも資金繰りに苦労する社が現れることも既に予想されている。税率変更は大局的にやむを得ないとしても、そのことが書店、出版社の双方にもたらす影響には相当なものがあるようだ。さらにもちろん、5.5%から7%への率の引き上げは、単純にみて1.42%の上昇、本の平均単価でみると33サンチームの値上げとなる。こちらの方の影響は、値札に係るコストに比べればまだ軽微と言えるかもしれないけれど、例えば2ユーロ均一の文庫本を売っている出版社が、税率上げ分を販売価格に転嫁できるとは考えにくく、その分が会社側の負担として重くのしかかる可能性もある。
ちなみに、書籍出版の2大企業であるアシェット社及びエディティス社(ロベール、ナタン、デクーヴェルト等のブランドを傘下に収める)は、この税率上げに対して何らの反対コメントも出していない。このことはつまり、今回の変更が、ベストセラーを量産して回転良く販売するのが得意な大規模会社にとってよりも、在庫をじっくり売っていくことで長期的に利益を得る中小会社にとって深刻であることを示している。『ル・モンド』紙としては、大企業の利益を損なわず中小企業(書店も含む)にほぼ一方的に荷を負わせるこうした施策について、疑問を投げかけておきたいという意向もあるように思われる。
もっとも、大会社にあっても誤算がなかったわけではない。今回軽減税率の適用に関する論議の中で、新たに電子書籍がその対象となり、2012年1月より19.6%から7%への引き下げが実現した。書籍の税率が上がることの見返り措置とも言われており、特に電子書籍販売が伸びる可能性の強い大規模企業では期待する向きもあったのではないかと思われるが、同時期にルクセンブルク(アマゾンの欧州本部が存在)で電子取引一般(電子書籍を含む)に掛かる付加価値税が3%まで下がってしまったので、メリットが大幅に減殺されてしまったという。大規模出版社からすれば、うまく行けば丸儲けと思っていたのが「そうは問屋が卸さない」とでもいうところだろうか。
もう一つ、フランスにおける書店の問題を考える際には、日本のそれとはもともと様相が相当異なっているということを念頭に置く必要もあるだろう。書店専門で営業している店は非常に少なく、大部分は新聞やタバコとの併売店、あるいは食料品等一般商品との併売店(いずれも片手間で書籍を売る)。付加価値率の引き上げに批判的論陣を張ったフランス書店組合(SLF)にしても、加盟しているのはわずかに600社しかない(「日本書店商業組合連合会」には2006年時点で約6,500店が加盟)。少なくとも書店側においては、こうした政策展開によって、日本でよく論じられるような「中小書店が軒並みつぶれて、文化が貧しくなる」といった状況にならないことは、フランスの特徴としてよく認識しておくべき点である。