リールに開店した英国菓子店が人気集める

ヨーロッパを巡ると、あれだけ狭い地域の中でさまざまな文化的特徴(文学や音楽などから、衣食住、ライフスタイル、人々の感受性まで)がいまだに息づいていることにいつも驚きを覚える。特にフランスなどの大陸ヨーロッパとイギリスとでは、今でこそ海底トンネルで行き来ができるようになったにもかかわらず、そういう違いは極めて歴然としている。パンやお菓子の類、あるいは喫茶店(カフェ、ティールーム)なども、イギリスとフランス等の文化的な違いを強く感じさせるものの一つ。12月28日付のフランス地方紙『ノール・エクレール』は、パリの北約200キロにある中堅都市リールで9月に初めてオープンしたイギリス菓子店兼ティールームについて紹介し、開店に至る事情などを取材している(Les douceurs anglaises de la Reine Elizabeth. Nord Éclair, 2011.12.28, p.10.)。
事の始まりは約20年前、現在店主であるハワードの父母の代に遡る。フランス人のジャックとイギリス人のエリザベスとのカップル。彼らはリールの西60キロに位置するデヴル町に住み、夫は貿易事務に携わっていたが、妻は全くフランス語が話せなかった。それでも子どもの教育を考えてフランスに住み続けることに決めた二人は、何か新しい商売が始められないか思案し、ふと市場の空きスペースを借りて菓子を販売してみることにする。最初は菓子の作り方など全然知らなかったというものの、エリザベスの母や祖母が残してくれていたレシピを利用するなどして、英国流の菓子作りが始まった。甘くないパンの類はジャックが、菓子はエリザベスが担当することにし、市が立つたび出店を続けていくうちに、次第に「イギリスらしさが味わえる店」として評価が上がり、固定客がつくようになる。
一方で息子のハワードは大学でコミュニケーションを学び、卒業後は通信企業に就職したが、次第に両親がやっている商売を引き継ぐことを考えるようになった。彼が目指したのは一軒の店を街に構えるということ。リールには英国風の菓子を売り、またそれと併せて紅茶を楽しむような店はこれまで全くなかった。そこに目をつけたハワードは、元は婚礼服のブティックだった店を手に入れて全面改修し、いよいよ2011年9月、年1回開催されるリールの「大のみの市」の日に合わせて、母親の名から取った「エリザベス」という店を新装オープンするところまでこぎつけたのである。
開店から約3か月が経ち、「エリザベス」は美味しいお菓子を買ったり、その場で紅茶と共に楽しんだりする人たちが集う人気店に。サーモンとバジルのタルト(2.5ユーロ)、カレー味のミートパイ(1.40ユーロ)、それにブラウニー(2ユーロ)などがどれも人気を博している。しかも、リール市内や近郊に限らず、なんと海峡を越えたイギリスから、まだ市場に店を出していた彼らを(何年も続けて)訪ねて来て、クリスマス・プディングを買っていく客すらいるのだという。本場イギリスのレシピのエッセンスに、フランスらしい洗練さが加わり、本国よりも美味しいものを作り出しているのだろうか。
一つ残念だったのは、父親ジャックがこの夏に亡くなり、新規開店を見届けることができなかったこと。それでも両親の志を受け継いだハワードは、今後もリールという絶好のロケーションを舞台に、菓子と紅茶が気軽に楽しめる店を続けていくに違いない。