欧州委職員の給与引き上げ、容認できるか

欧・米・日が、不況や経済危機の深刻度を相互に競うような厳しい昨今。そうなると一様に公的セクターに厳しい目が向けられるようになるのは自明だが、ヨーロッパの場合、EUという国家を超える公共部門が既にかなり大きなプレゼンスを持っており、これに対する風当たりも非常に強くなっている。12月30日付のベルギー『ル・ソワール』紙は、欧州委員会職員の給与水準に関する議論について、その応酬ぶりや背景を伝えている(Augmenter les eurocrates, en pleine austérité? Le Soir, 2011.12.30, pp.2-3.)。
EUの執行機関として多数の実務職員を抱える欧州委員会は、かねてから欧州連合理事会、また同理事会を通じ加盟国に対して、委員会の職員の給与改定を提案している。給与の見直しは原則年1回行われるもので、その方向性(増額か減額か)や改定幅については、40年近く使われ続けている計算式によって算定されている。今回は、EUの代表的な8か国の購買力(個人所得)が1年間で1.8%減少しており、一方でEU本部のあるブリュッセルにおいては3.6%の物価上昇(インフレ)が見られるところから、欧州委員会の人事当局としては、これらを相殺して1.7%の給与増額を求めているところである(ちなみに他の都市に勤務するEU職員については、各地のインフレ率によって改定額が異なってくる)。
しかし、欧州連合理事会(及び各加盟国)としては、EU各国が多かれ少なかれ経済・財政危機下にあり、どの国も耐乏体制に入っている中で、ただでさえ高級取りとみなされているEU職員の給与を上げるなどもってのほかと、欧州委員会からの提案を拒否。さらに押し問答が続いて埒が明かないとなると、理事会の側から欧州司法裁判所に本件を提訴した。もっとも、同裁判所は2010年11月に、ほぼ同様の案件(欧州委職員の給与改定問題)について委員会側に軍配を上げる判定をした経緯があり、今回も(提訴した理事会の意思に反して)委員会の言い分を認める可能性が高いと言われる。
確かに、この時節に給料上げを(いかに計算式という根拠があるとは言え)敢行するのは、欧州全域に広がる経済的な暗雲を考えるといわゆる「空気を読まない」感じを否めない。しかし、欧州委員会の事務局にも言い分はある。関係者によれば、同委員会で求めている人材、複数言語を繰り、(欧州域内を転々と異動していくことになりがちなため)多文化的環境に対する順応力があり、できれば家族を連れた転勤も厭わない(配偶者や子どもの生活に影響が及ぶことを受け入れる)といった要件を備える優秀な人物は、だいたい他の国際機関、各国外務省、多国籍企業、欧州各地の弁護士事務所等との獲り合いになることが多く、好条件の提示は非常に重要。特に若手層については、欧州委員会の処遇は国際機関などと比べて給与等で劣ることが明確になってきている。近年、(他に好条件の職を見つけやすい)フランス、ドイツ、オランダ、イギリスからEU機関への就職に応募してくる者が相対的に少なくなっているのも事実である。
しかも欧州委員会では、加盟国からの要請などを受けて、既に待遇面等の改革(主として切り下げ)に踏み切っている。2004年の措置では、高等教育機関を卒業した新入職員レベルで給与を500ユーロ下げる等の賃金削減、臨時職員(給与水準は正規職員よりかなり低い)への大幅な職務委譲などを実施しており、関係者は「職員の手取り額は、2004年、2005年、2007年、2008年、2010年と減少しています。この間所得は平均で4.2%減っていますが、各国の公務員所得は同じ時期に平均で1.8%しか下がっていないのです」と明らかな不満を漏らす。しかも12月13日にはまた新たな改革案が提示されており、2017年までの5年間に5%の人員削減(退職者不補充)、労働時間延長(週37時間半から40時間へ)、退職年齢の引き上げ(63歳から65歳へ)などが実施される見通し。2004年改革による経費節減分(今から2020年までの間)80億ユーロに、さらに10億ユーロ以上を上乗せすることが想定されている。
ちなみに、EU加盟国が軒並み本件給与改定に反対する中で、欧州連合本部を擁するベルギーは態度表明を控えていると言われる。ベルギー外務省筋によれば、「ホスト国として、この種のことには発言を慎みます」とのこと。駐ベルギー欧州連合代表事務所のウィリー・エラン所長が説明するような、「ブリュッセルEU関係諸機関が存在することは、ベルギーにとって数十億ユーロ規模の経済効果、また16万人以上の直接・間接の雇用を生み出している」という背景が、ベルギーに他の国への安易な同調を踏みとどまらせる重大な要素なのかもしれない。