パリの警察官配置に地理的不平等

旅行者としてパリに滞在する際に、身の安全のことが気にならないと言えばウソになる。安全が空気のように感じられてきたとされるどこかの国と違うのは当然の前提だが、それでももし地域で犯罪が多発しているならば、警察で重点的に対応してもらいたいと考えるのは住民として普通の感覚だろう。12月30日付の『ル・モンド』紙は、パリ市内の警察事情について、特にその地区間の配置バランスの不平等をめぐる議論を詳しく検討している(A Paris, des effectifs policiers inégalement répartis. Le Monde, 2011.12.30, p.10.)。
同紙は今回、独自に入手した統計データを基に、パリ市内の各区における警察官の配置について分析した。まず住民1人当たりの警察官数では、ルーブル美術館等がある1区で61人なのに対し、ベルヴィル地区にある20区は531人。警察署(各区に1つ)毎の警察官数を見ると、一番少ない3区(マレ地区北部)が162人、一番多い18区(モンマルトル)で539人となり、1対3の人員比となっているが、他方両区の人口比は1対6。さらに正式の巡査以上の上級警察官の割合についても、人口の多い区は低くなる傾向があり、18区、19区(ラ・ヴィレットなど)、20区では最低となっている。
もちろんこうした配置になっているのにはそれなりの理由があり、当局もそれを明らかにしている。1区はフォロム・デ・アールなどがあって(住民は少なくても)通行者、訪問者は市内でも圧倒的に多い、8区にはシャンゼリゼ大通りやエリゼ宮、7区には多数の省庁等が存在し、それぞれ手厚い警備が必要である、等々。まあそれは理解できるのだが、最近の大きな問題は、警察官数の削減が主として人口の多い区に振り当てられているようにみられること。約6,000名の警察官のうち、この2年間で400人ほどが人員削減されたが、18区のダニエル・ヴェイヤン区長、20区のフレデリック・カランドゥラ区長はそれぞれ、自分の区で100人ほどの減が行われたと明らかにしている。こうした区長らの声をうけ、パリ市役所の治安防犯担当助役、ミリアム・エル・コムリ氏は12月21日、「(警察官減少によって)人口の多い地区がとりわけ影響を受けたという印象を持っています」と声明を発表し、公に不満を示した。
人口稠密区の警察官が相対的に少ないというのはどうやら確かなようだが、こうした現象が起きている背景は、少なくとも1998年まで遡る。当時のジャン−ピエール・シェヴェヌマン内相の要請を受けたパリ警視総監のフィリップ・マソーニ氏はパリ警視庁改革に乗り出し、都市街区警察局が新設された。各区に置かれた警察署は、それぞれ交通安全、治安確保、防犯、軽犯罪調査等に一元的に携わることになった。しかし、この一元化がある種裏目に出て、警察署の所管区域の広狭、人口の多寡にかかわらず、同様の組織体系で同様の業務を担当することになり、小さい警察署にも最低限の人員が割り振られる一方で、大きな区にある署は人手不足に悩むことに。しかも困るのは、いったん人員配置が確定すると、ある署から他の署への(人員の増減を伴う)人員の異動は一切行わないという硬直したシステムにより、後任不補充の職務転換、もしくは退職などがない限り、各警察署間の人員数の調節ができないこと。こうした制度が決定的に各署間の不均等配置を固定化することになった。
さすがにこの状況は問題になり、2009年の改革においてパリ市内に保安介入隊や重犯罪対策隊を導入する際に、地区ごとの人口比に基づくある程度の均衡が図られた。ただ、通常の警察官については、18区や20区で実施された人員削減を撤回でもしない限り、バランスの回復は望むべくもない。かたや治安行政で最近力が入っているのは、防犯カメラの大量設置。2012年6月までに新たに1,000台のカメラを街中に設置する方針が正式表明されており、合計台数は1,350台、それにパリ交通公団(RATP、メトロや郊外鉄道を運営)やフランス国鉄SNCF)が設置している1,000台余がこれに加わることになる。自らカメラ設置強化の開始式典に出席したフランソワ・フィヨン首相や、前述のエル・コムリ助役など、関係者は皆「防犯カメラは補助的な手段で、あくまで大事なのは人の配置」と力説するのだが、ありていに言えばカメラで多少とも人繰りの悪さの代替をしようとしているとしか思えないところがある。
行政の効率化は至上命題ではあるけれど、少なくとも市民の不安を惹起させないよう、どの地区でもきちんとした治安の確保がなされることは、それ相応の優先課題として挙げられるべきではないのだろうか。