人工衛星が支える大規模な農業経営

国際化の流れの中で議論がかまびすしい日本の農業。そもそも平地率が低いこの国土で農業を展開し、諸外国に伍していくこと自体が、グローバリゼーションが急速に進展する現在、重要ではあっても極めて困難な課題となっている。大規模農業を実践する外国としてはアメリカやオーストラリアなどがすぐ思い浮かぶところだが、フランスも小麦などを中心に、相当な規模の農業経営を実践中。そして、12月30日付の『ラ・クロワ』紙は、そうした大規模経営の強い味方になっている、ハイテクを尽くしたあるシステムについて紹介している(La terre agricole vue du ciel. La Croix, 2011.12.30, p.23.)。
約10年前に開発されたこの画期的なシステムとは、仏EADS社の100%子会社であり、航空宇宙部門に業務展開するアストリウム社と、主要作物等に関する応用研究を行うアルヴァリス農業栽培研究所が協力して開発した「ファームスター」。基本的な仕組みは、人工衛星で農地を上空から撮影し、この写真を徹底的に解析することによって、主に肥料や農薬等を、どの程度どのようにして農地に散布すればよいかに関する情報を農家に提供するというもの。広大な畑の土壌や作物の状況を一挙に把握することがなかなか難しい大規模な農家にとって今や、生育管理に欠かせない情報を迅速に提供する貴重なツールとなっている。アストリウム社の農業市場部門長、アンリ・ドゥーシュ氏は、「人工衛星が撮る写真と農学による専門的判断を組み合わせ(実用に供し)ているのは、世界中で我々だけです」と胸を張る。
パリから東北東に約100キロ、ランスのすぐ東隣りにあるベーヌ・ノーロワ村。ここの120ヘクタールに及ぶ土地で小麦とアブラナを栽培するヴェルゾー家は、ほぼサービス開始当初からファームスターを利用している。現在、ヴェルゾー家の土地の上空を通過するアストリウム社の人工衛星が、小麦畑については年5回、アブラナ畑は年3回、極めて詳細な写真撮影を実施。この写真はアルヴァリス農業栽培研究所にデータ送付され、統計や農業気象学モデルを援用しての解析を実施することにより、土地のそれぞれの部分で栽培されている作物の葉緑素含有量、さらに肥料必要量が判定される。判定結果は地図上にプロットされてヴェルゾー家の端末に送られ、トラクターに乗った作業者がGPSにダウンロードしたデータを使いながら直接農作業を進めることが可能になっている。
ファームスターを現在利用している農家は約1万世帯、対象となっている農地(小麦、アブラナ、大麦を栽培)の面積は45万ヘクタールに及ぶ。ドゥーシュ氏の見解によれば、これまでの10年間に同システムの使用によって、30万トンの肥料が(無駄な散布を省くことにより)節約された。その他農薬等の化学物質についても適正量以上の投与を防ぐことに貢献しており、環境保護に関する効果も大きい。また、ファームスターの年間利用料が1ヘクタール当たり10ユーロであるのに対し、これまで手作業による抽出調査で判断してきた分の時間や人員の節約、収穫物の質の向上等で示される経済的効果は約20ユーロないし50ユーロ(年によって異なる)と試算されており、あくまで「主催者発表」とは言え、導入の効果は経済面でも相当大きなものと言える。
アストリウム社の現在の悩みは、使用している2台の人工衛星ではフランス全土の農地をカバーするのに十分でないこと。今のところ扱えるのは最大で700万ヘクタールに限られる。そこで2013年からは、新たに3台の人工衛星の投入を予定。これによって取扱い対象になる農地面積が飛躍的に増大し、ひいては契約農家の増加も期待できるという。一方でアストリウム社とアルヴァリス農業栽培研究所では引き続き技術開発と事業開拓に努めており、いずれはテンサイやトウモロコシの畑も扱えるようになるほか、遠くないうちに個々の農地が必要とする水量の把握もできるようにしたいとの意向を持っている。こうした技術を支えにして効率化をますます進めてくるフランスの大規模農業。日本の農業経営との違いはますます画然としてきそうだ。