レ・アール市場の写真展、パリ市役所で開催

パリのいわば中核的商業・公共施設である「フォロム・デ・アール」は、開設から約30年経って老朽化が進んだため、昨年から大規模な改修工事に入っているが(2011年12月28日付当ブログ参照)、言うまでもなくこの施設の前身は、エミール・ゾラをして「パリの胃袋」と言わしめた市場であった。古くは中世に遡り、郊外のランジス市場に全面移転するまで市内の肉、魚、野菜などの流通を引き受けて来たレ・アール。4月2日付のスイス『ル・タン』紙は、パリ市役所で現在開催中の、この市場の在りし日を思い出させる写真展について、紹介記事を掲載している(Robert Doisneau dans le ventre de Paris. Le Temps, 2012.4.2, p.22.)。
レ・アール市場の移転が具体的に俎上にのぼったのは1960年代の初め。流通する生鮮食料品の量が都市の発展に伴って急増するのに対し、市場の空間は狭く、アクセスにも限界が生じていた。19世紀の建築家ヴィクトル・バルタールが設計し、約20年をかけて建設された鉄骨製の建物で、日々5,000人が働くレ・アールには、容易に想像されるように衛生上の問題も多分に生じていたとされる。1912年生まれのパリっ子で、第二次大戦後とりわけ人々の生活や風俗を記録する写真家として活動を続けていたロベール・ドワノーは、移転計画が着実に構築されていく中で、この消えゆく運命にあった市場に焦点を当て、集中的に写真を撮影していこうと決意する。
ドワノーが撮影した写真は、建物や通路や商品台、そこで販売される諸々の品物はもちろん、レ・アールで働く人々、この地を行き交う人々の様子をも余すことなく捉えている。上品な身なりの貴婦人が酔っ払いとすれ違う光景。野菜や花、そして肉の骨。サン−トゥスタッシュ教会のミサから出て来る人々と、サン−ドニ通りに立ち尽くす娼婦たち。ドワノーの視線は美学的かつ社会学的とでも言える多角的なもので、遠景から細部まで実に幅広く当時の表情を定着させている。1969年2月にレ・アール市場が閉鎖され、翌月ランジスに移転オープンした後も、彼の撮影は続き、山と積まれた建築廃材、そして最後に残った巨大な穴までもがその姿を写真に残すこととなった。
208枚が並ぶ展覧会は4月28日までの開催で、入場は無料。観覧客からは、「1968年の学生闘争当時の現場の様子を思い出す」といった、写真が40年以上前の記憶を甦らせるといった声が感想として多く聞かれるようだ。