大統領選出をめぐる多様な見方

オランド新大統領誕生以降、日本の新聞にも多くの解説・分析記事が掲載されたが、その多くは、社会党政権下で想定される緊縮財政を緩和する方向性を持つ政策が、ユーロ経済、ひいては日本を含む世界経済に悪影響を与えるのではないかという点を特に強調した内容となっていた。確かに世界に波及する可能性のあるオランド氏の経済政策の効果について、集中的に取り上げるのは無理もないとは思うが、今回のフランス大統領選挙の結果から汲み取るべき含意としては、もっといろいろな視点があり得るのではという疑問も拭えない。そこで、5月7日付のベルギー『ル・ソワール』紙が掲載した3人の識者の解説を読み込みつつ、留意しておきたい論点をいくつか拾っておくことにする(L’élection de Hollande n’est pas un triomphe. Le Soir, 2012.5.7, p.8.)。
まず、左派色が強いフランスの日刊紙『リベラシオン』の共同創業者で、現在は政治評論家として活躍するセルジュ・ジュリ氏は、1981年のミッテラン大統領選出時との「社会党政権誕生」の意味合いの違いについて認識すべきと述べている。ミッテラン氏の場合、就任直後から数多くの(左翼的色彩の強い)新施策を打ち出し、多くを実行に移した(そのかなりの部分は後に「後退」を余儀なくされるにせよ)。一方、オランド大統領が現在、近々に実行するとしている施策は、「新学期手当の増額」といった、(選挙戦の中では一定のインパクトは持ち得るものの)社会全体からすればごくマイナーな改革に限られている。結局のところ、選挙戦でオランド氏が示したのは、「2年間でフランスの再建を実現します。2年後には皆さんが(再興なったフランスが生み出す)富の分け前を得ることになるでしょう」という、非常に先送り的な展望。この宣言を文字通り受け取るなら、社会民主主義型のバラ撒き政策など、あり得るとしてもさほど派手なものにはなるはずがない。仏独関係に関しても、オランド大統領は基本的にこれまでの(ユーロ経済をめぐる)両国の関係と交渉過程を引き継ぐことしかできず、それに大きな変更を加えるのは容易でないと考えるのが自然だろう。ジュリ氏の論説は、今や極めて限定された選択肢の中を現実主義的に動いていかざるを得ない新政権の立場を改めて確認するものと言える。
報道・情報系週刊誌『ル・ポワン』のフランツ−オリヴィエ・ジスベール出版部長も、新大統領が現実主義的な政策を進めるだろうという点についてはジュリ氏と同意見だ。ジスベール氏が予測するオランド政権の方向性は、既存の政策との連続性を重んじ、また協調性に力点を置くというもの。ただ新政権に対しては、一触即発のユーロ危機に立ち向かわなければならないというハードな障壁も待ち受ける。先行してフランス国債の格付けを引き下げたS&Pに加え、今後ムーディーズやフィッチという他の大手格付け会社も格下げに動くとなると、金利が上昇してフランス経済の競争力が大幅に損なわれることになり、新たな社会政策を発動しなければならなくなる事態も生じかねない。オランド氏の前途はこれまでの歴代大統領と比べても相当険しいものになるだろうというのが、ジスベール部長の見立てである。
彼の論説がもう一つ焦点を当てているのが、行政権、つまり大統領と首相や内閣との関係。サルコジ前大統領が、政権与党やその政策と軌を一にすることに力を注いでいたのと比べて、オランド氏はむしろ古典的な行政権のあり方、すなわち首相を任命した後の内閣の内政面の施策については原則的に首相に委ね、「大統領は全てのフランス人を代表するもの」との基本的な立場を志向するのではないかと指摘している。この点はフランスの政治構造とその動態を経時的に検討する上では、特に重要なポイントになってくるのではないか。
さて、当方が一番興味深く感じたのが、作家、歴史家としても活躍するジャーナリスト、ジャン−フランソワ・カーン氏による論評。彼は、サルコジ氏が大統領選候補者として最終的に取ったポジションは、極めて権力志向的な保守主義に基づいたものであり、伝統的な保守系候補者のそれとは大きく異なっていたこと、それにも関わらずサルコジ氏の得票率がオランド氏にかなり肉迫していた事実は重く見なければならないことを強調する。またある調査によれば、極右のマリーヌ・ル・ペン氏が決選投票でどちらの候補者も支持しないと表明したことによって、少なくとも4%の無効票が投じられていることが明らかになった。中道派のフワンソワ・バイル氏が第二回投票でオランド氏を支持したことも含めて考えると、左派の勝利は薄氷を踏むごときものであり、右か左かでみれば実は右派の支持者の方が多かったとも考えられるのではないか。カーン氏はオランド大統領や社会党に対し、選挙結果を手放しで喜ぶ(「勝てば官軍」)のではなく、今後は中道派、さらに右派に対しても政策協調を模索していく必要があること、移民問題や治安、EUに対するスタンス等については右派的な批判意識が根強いことに充分すぎるほど留意する必要があると述べている。これは、事前の得票予測に比べて、オランド・サルコジ両候補の差が相当に縮まった(わずか3%強)ことを踏まえて考えれば、ある種当然の評価とも言えるように思われる(なお管見の限りでは、5月8日付の『毎日新聞』が「得票率3ポイント強差での勝利は世論分裂の反映であり、オランド氏の手腕への不安の表れでもある」と言及しているのが日本の報道で唯一目を引いた)。
(僅差とは言え)敗れたサルコジ陣営に対する識者の指摘も面白い。カーン氏は、政権与党であった国民運動連合(UMP)が、徹底してサルコジ前大統領に肩入れしてしまった結果、敗北をうけて今や総崩れのような事態に陥っており、その代償は大きいと予測する。ジュリ氏も、UMPは分裂の危機に立たされており、ジャン−フランソワ・コペ幹事長が極端な対立を回避すべく自ら党内グループを創設するなどしているものの、今後の行方は予断を許さないとしている。保守の内部に久しぶりに大きな変化を引き起こすかもしれない、今回の選挙はそんな副次的効果を持ったと後に評価される可能性もあるだろう。
日本からの関心という視点はどのみち重要だが、フランス政治の現実に学び、またその動きを占う上では、大統領選の結果について、多角的な切り口による検討・評価が不可欠であると改めて感じる。政治の動きを追いかけるのは難しいが、今後とも試みを続けていきたいと思う。